が、これですべてが終わったのではなかった。ここから人類の新しい歴史が始まったのである。もしイエスがいかに偉大に人物であっても、十字架上に人類の罪を負わなかったとすれば、世界の歴史を変えるような存在にはならなかったであろう。 また、イエスの死
他人には完全を求め、自分の現状を許すということは、つまりは、自分自身に自分の欠点が見えないからだ。自分をよしとしているからだ。(三浦綾子『北国日記』)
自分自身の身に起きたことなら嗤えぬことを、他人事なら嗤うとい冷たさは、決して許されることではあるまい。嗤うべきことは、他人の失敗や不幸を見て嗤うおのれ自身の姿ではないだろうか。 人を嗤った時、その時の自分こそ嗤われる人間なのだ。わたしたち
午後は散歩。石神井川沿いの桜がボチボチ咲き始めていい感じです。まだ満開とは言えないけど、此位が好きです。
…合わせると二十年を越える闘病生活だ。ある一時期は臥(ね)たっきりの幾年間もあった。微熱に悩まされる果てしない年月もあった。 が、よく考えてみて、私が病気で失ったものは何だったろう。そう思った時、私は驚いた。何と私が失ったものは、健康だけと言
「ふーん、しかしだな。金は、あっても邪魔にはならんぞ」「そうかな。金って意外に邪魔なものかも知れんと思うよ」きっぱりと文治は言った。キワはちょっと目を瞠(みは)った。長吉が似たことを言ったことがある。「西郷隆盛という男は、子孫のために美田を買
若人の生き甲斐が、壮年になっては、別の生き甲斐に変わり、また壮年時代の生き甲斐が年老いては通用しないものになるのでは、少しおかしいと思うのだ。 今までの自分の生き甲斐と信じていたものを捨てて、他の生き甲斐を求めねばならぬとしたら、人は一生
「口に出して言う者より、口に出さぬ感謝のほうが、時に深いこともある。声を出して泣くことより、じっと耐えている悲しみのほうが深いかもしれぬ。」(三浦綾子『われ弱ければー矢嶋楫子伝』)
「人間は上手がわからないという弱点がある。上の者は、下の者の力がよくわかるが、下の者は、自分より上の者の力がわからない。」(三浦綾子『自我の構図』)
「人間はね、ふだんぶらぶらしていてね、いざとなったらやるんだって言ってみても、駄目なんだよ。人間って、ちょっと油断するとすぐに怠け者になるからね。毎日の何でもないようなことでも、怠けないようにするって、大事だよ。」(三浦綾子『裁きの家』)
「法律というものは人間の作ったものでしょう。人間が作ったものである限り、完全とは言えない。何よりも大事なのは人の命です。世の中は人の命が大事という線に沿ってありたいもの」(三浦綾子『生かされてある日』)