信夫はこん身の力をふるってハンドルを回した。だが、なんとしてもそれ以上客車の速度は落ちなかった。みるみるカーブが信夫に迫ってくる。再び暴走すれば、転覆は必至だ。次々に急勾配カーブがいくつも待っている。たったいまのこの速度なら、自分の体でこの
日頃自分が恥ずかしいと思っていることが、本当に恥ずかしいことなのか、恥ずかしいと思うこと自体が恥ずかしいことなのか、よく見極めて生きたい。(三浦綾子「ナナカマドの街から」 )
人間は自己中心に考えるように出来ていて、いつの間にか自分のあり方が標準になってしまっている。(三浦綾子「ナナカマドの街から」)
3,4,5月の三浦綾子読書会のスケジュール更新のお知らせです。トップページはツアーですが、下記アドレスの左カテゴリーから各地域等をご覧いただけます。http://yotei.miura-ayako.com/
万に一つでも、億に一つでも、いや兆に一つでも、望みがあれば、それは全くの絶望ではない。(三浦綾子「続・氷点(上)」)
読書会のメンバーから教えてもらいました。その1漫画版「塩狩峠」が来月上旬に書店に並びます。『漫画 塩狩峠』(いのちのことば社)原作:三浦綾子、監修:三浦光世、作画:のだますみhttp://www.wlpm.or.jp/cgi-bin/d/kiji_item.cgi?keys1=000024620その2
わたしたちひとりひとりの命はかけがえのないものだ。そのかけがえのない命を、生かされるままに、せいいっぱいに生きて行くすなおさをわたしは持ちたいと思っている。(三浦綾子『あさっての風』)
人間は2通り。親切な人間と、不親切な人間、人に何かをしてやりたい人間と、何かをしてもらいたい人間。(三浦綾子『泥流地帯』)
でも死ぬときは、神様がいちばんいい時を与えてくださるんじゃないかなと思っているんです。死に方だって、死に場所だって、神様は、私のためにいちばんいいようにしてくださるって信じています。(三浦綾子対話集2)
まったく人生は、常に突然のできごとに会うものですね。病気や、火事や、交通事故、そして地震など、それは常に突如として起こるものであることと、わたしたちはじゅうぶん知っているはずですのに、何といつも不用意なことでしょう。いつも事が起こってから、
人の心は変わりやすいものだが、一面、変えようと思っても、なかなか変わらない根強いところもあるものだね。(三浦綾子「続氷点(下)」)
http://www.huffingtonpost.jp/2015/02/12/beyonce-documentary-racial-injustice_n_6675080.html?utm_hp_ref=japan2015年のグラミー賞で、ビヨンセは最優秀R&Bパフォーマンス賞などを受賞。授賞式では、有名なゴスペルソング『プレシャス・ロード』(Take My
『私たちは甘えているのですよね。自分に会ったら、人は笑顔を見せるものだと、決めてかかっているのですよね。 人にはそれぞれの生活があって、ある人は自分の病気に心を捉われている時もあります。 ある人は家業がうまくいかず、そのことで心を暗くしてい
『・・ろくろく話も始まらないうちに「解散!」と言われては、聴衆が騒ぎ出すのは当たり前です。ところが待っていたとばかりに、騒ぎ出す者を警官が引き立てて行く。こんな馬鹿な話がありますか。もっとも、いくらか喋らせておいて、途中で「弁士中止」とい
『自分の悩みから世間体を除くがよい。真に悩むべきものは何かが、はっきりし、悩みは確かに半減はおろか、皆無になることさえある。』(三浦綾子『太陽はいつも雲の上に』より)
『誰も自分の姿には気づかないものだと奈緒美は思った。自分だけが絶対善であり正であるかのように思い勝ちであることを反省した。 人を理解するためには自分自身をまず正しく理解しなければならない。自分を知ることが人を愛するはじめだと奈緒美はうな
人格、これこそが、人間が人間であるゆえんのものである。わたしたちは、自分たちの人格を育て養うのに、怠惰であってはならない。その日その日に追われて、ただ忙しく立ち働くマルタ(福音書の中に出てくるひとりの女性)であってはならない。ある時はすべて
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015020602000150.html 「偽善者になりなさい」。そう説いたのは、東京大学でフランス文学を講じ、門下から大江健三郎さんら逸材を輩出した渡辺一夫さんだ▼「偽善の勧め」という刺激的な題の文で渡辺さ
『「心をひらく」 ということが、なぜできないのか。 それは、心をひらくために必要な愛が私たち人間にはないからではないか。』(三浦綾子『孤独のとなり』)
今日のちょっと物思い 日本は何も慾しない、恐ろしく無慾である。立派な世界人を産む国民になることすら放棄している。滅び去ること。これが唯一の希望であり念願らしい。 知識人の弱さ、あるいは卑劣さは致命的であった。日本に真の知識人は存在しないと思
『傷痍無き人生は恥』せいいっぱいに生きて受けた傷、愚かなゆえに受けた傷、その傷は人間の印ではないだろうか。(三浦綾子「雨は明日晴れるだろう」より)
今日のちょっと物思い末期的資本主義、史的唯物論、コミュニズム、ファシズム…こうしたものすべてが、幻燈に映し出された途方もないフィクションのように思われることがある。現実として残るのは、人間理性の手からあれこれの詭弁を弄して逃れ出る獣性、動物