優しい心を持たぬ科学は原子爆弾を生みました。原子力を平和産業にと利用しつつも、その汚染におののき、その廃棄物の処理に苦慮しています。 「役立つものを求める」のはよいとして、そのあまり、人間はしばしば利欲に目がくらみ、人間の持つべき最も大切
「生きるというのは、権利ではなく、義務ですよ」と教えてくれたのは、幼馴染みクリスチャン前川正だった。生きるより死んだほうが楽な状態において、「生きるのは義務だ。義しい(ただしい)務めだ」と言われた時、わたしははっと立ち直らせられる思いだった。
若人の生き甲斐が、壮年になっては、別の生き甲斐に変わり、また壮年時代の生き甲斐が年老いては通用しないものになるのでは、少しおかしいと思うのだ。 今までの自分の生き甲斐と信じていたものを捨てて、他の生き甲斐を求めねばならぬとしたら、人は一生に
「兄弟とは、指定席に隣り合わせた乗客に似ている。その席に座ったが最後、どちらかが降りるまでは、いやでも応でも並んでいなければならない。それは自分の意志で選んだ友人とか恋人とか夫婦などとは、全く別の関係なのだ。」(三浦綾子『裁きの家』)
「口に出して言う者より、口に出さぬ感謝のほうが、時に深いこともある。声を出して泣くことより、じっと耐えている悲しみのほうが深いかもしれぬ。」(三浦綾子『われ弱ければー矢嶋楫子伝』)
「人間は上手がわからないという弱点がある。上の者は、下の者の力がよくわかるが、下の者は、自分より上の者の力がわからない。」 (三浦綾子『自我の構図』)
「人間はね、ふだんぶらぶらしていてね、いざとなったらやるんだって言ってみても、駄目なんだよ。人間って、ちょっと油断するとすぐに怠け者になるからね。毎日の何でもないようなことでも、怠けないようにするって、大事だよ。」(三浦綾子『裁きの家』)
「法律というものは人間の作ったものでしょう。人間が作ったものである限り、完全とは言えない。何よりも大事なのは人の命です。世の中は人の命が大事という線に沿ってありたいもの」(三浦綾子『生かされてある日』)
お芝居で、通行人がちょっと通る。その前で主人公と女主人公が泣いたり喚いたりして、お芝居をしている。人々の目はその主人公に注がれていますが、そこを通る通行人も、またその人生、自分の人生における主人公なのです。私たちの目には通行人に見えるその人
私は、人生というものは、喜びよりも苦しみが多いと思っていた。が、それはどうやら錯覚でもあるようだ。悲しみや苦しみは、いつまでも心に残っているので、喜びよりも印象が強い。それで苦しみのほうが多いように思って来たのであろう。が考えてみると人生に
光世さんのお母さんがとても信仰の篤いひとだったんですね。彼が急性肺炎という大病に冒されて死にそうになったとき、私が「お母さん、お祈りしてください」と頼んだらお祈りしてくださったのです。お祈りが終わったとたん、私が「ねえお母さん、光世さんは治
病気は、ちょっと考えると、個人的な問題のように思われる。が、そうではないのだと、彼女は私に教えてくれたのだ。病気になった者は、その責任として、できる限りの戦いをしなければならない。むろんそれは大変なことだが、「自分一人の病気ぐらい」とか、「
榎本保郎牧師の著書に次の言葉あり。<あなたには死ぬ理由があるかもしれないが、神にとっては、あなたが死ぬ理由はない>癌になると死にたくなる。失恋すると死にたくなる。夫に女が出来ると死にたくなる。愛するものに死なれると死にたくなる。借金で首がま
啓造は人間というものが、ひどく冷たく、そして愚かに思われた。「陽子」陽子はじっと旭川の街をながめていた。「なあに」「この街の人々に公平に与えられているものが一つあるよ。何だと思う」「陽の光?」「日の当たらない場所に住んでいる人もいるよ」「一
「お貴さん。はじめのボタンをかけちがうと、終わりまでかけちがってしまうという言葉を知っていますか」貴乃がうなずく。「かけちがったのなら、やり直せばよいと、時々ぼくは思うことがあるんです」(三浦綾子『天北原野』)
私はね、相手が何を大事にしているか、それがわかるのがほんとうの友だちだと思うの。 (三浦綾子『三浦綾子対話集4』)
「わしがにじり口に入る時、わし自身捨てねばならうぬものが多いのう」「はい。目に見える大小は取り上げることはできましても、旦那さまの腰に帯びていられる目に見えぬ刀は、誰にも取り上げることはできませぬ」(三浦綾子『千利休とその妻たち(下)』)
人間は人を殺したら人殺しといわれる。しかし人を殺したからその人が人殺しになったんじゃないって。本来人殺しだから人を殺すって。ちょっとどぎついけれど、要するに人を殺す要素をはらんでいるから人を殺すこともするって。(三浦綾子『愛に遠くあれど』)
人間はなんと不自由な存在であろう。自分の心を自分でコントロールすることができないのだ。自分で自由に生きていると思っている者ほど、真の自由を知らない。(三浦綾子「聖書に見る人間の罪」)
わたしたちも、日常の生活において謝罪することの実に少ないものである。神に対しては勿論のこと、人にもあやまることがはなはだ少ない。 (三浦綾子「旧約聖書入門」)
あの人は自分を悪く思っているのではないか という誤解も、 たった一言で解けることがあります。 「おはようございます」 「おはようございます」 ほんの一言、挨拶を交わすだけで、 人間関係が変わることがあります。(三浦綾子「藍色の便箋」)