あなたにとって一番大事なものは何でしょう。それは、金でも地位でもなく、命だと思います。わたしたちには、金で買うことのできない尊い命が与えられています。その尊い命をどのように使うか、これが生きるということだと思います。(三浦綾子 『小さな郵便
今日のちょっと物思い文明とは何か?「人類」に属しているのだという個人の自覚人間の条件を高めようとする物質精神両面の努力「人間性」の改善に寄与するための自己犠牲の甘受そういう意味だし、またそうでなければならぬ。この観念なくして、人は自ら文明人
人間生まれて来て大事なことは、出世することではありませんぞ。只真理に忠実に生きることであります。(三浦綾子『ちいろば先生物語』)
人の褒貶(ほうへん)で、その人間の価値が変ると私は思っていない。そしてそれぞれの人間の真価などは、どの人間にも全てわかるとも思えない。(三浦綾子『愛すること信ずること』)
人間の理屈などというのは、誠に自分中心で、自分に都合のいいようにつけたへ理屈が多いのではないか。 だから、合理的な人間だと思っている人の理屈には、自分だけに通用する理屈というのが多いのではないかと、わたしは思う。 企業家には企業家の、政治
あなたは自分の中ばかり見つめている。しかし、その目を周囲に向けてごらんなさい。あなたの助けを待っている人を、きっと発見できるはずです。誰かの役に立つという、そういう思いを持って他の人々に目を向けなさい。 (三浦綾子『キリスト教・祈りのかた
(こんなにまで、父母に迷惑をかけて、生きていってよいものだろうか)わたしは心弱くもそう思った。だがそのわたしを、叱りつけるようにして励ましてくれたのは、前川正だった。「綾ちゃん、生きるということは、ぼくたち人間の権利ではなくて、義務なのです
今日のちょっと物思いしかし小説を書き終える時分に私の辿りついた結論は、「文学の言葉は、祈りの言葉にはならない」ということなんです。祈りは、究極においてやはり言葉にはならないものではないか。その結論に行き着くために、さかんに労役を重ねて、祈り
『この世は虚しさに満ちている。だから、この世に対して虚無を感ずるのはむしろ当然である。虚しいものを虚しいと感ずることに、恐れることはない。恐るべきは、虚しいものに喜びや生甲斐を感じて、そこに浸ることである。 この頃よく、虚像と実像という言
「おもしろいものだね。あくせくして集めた金や財産は、誰の心にも残らない。しかしかくれた施し、真実な忠告、あたたかい励ましの言葉などは、いつまでも残るのだね。」(三浦綾子『続・氷点(上)』)
確かに人間として生まれた以上、どのように生き、どのように死んでいくかということの間に、一本筋の通った生き方があるほうがよいことは分かります。しかしそれが、現実に他人の生命を奪うことにつながるような生き方だとしたら、私は絶対反対です。(三浦綾
私は思うのですが、夫婦にせよ、親子にせよ、兄弟にせよ、友人にせよ、先生と生徒にせよ、労使関係にせよ、その人たちの本当の顔が現れるのは、ほめられた時ではなく、たったひとこと注意をされた時ではないかと思います。ふだん、どんなに仲のよい同僚に見え
人が悲しみに遭った時、その悲しみを人々に分かつとその悲しみはうすらぐという。そして喜びは多くの人に分ければ分けるほど、増えるという。自分ひとりでひそかに喜びを噛みしめているならば、その喜びはほんのわずかなもので終わってしまう。そのほんのわず
野の花がたとえ日陰であろうと、谷の断崖であろうと、まったくひと目につかぬ場所であろうと、自分の命の限り咲いているということの尊さが思われた。花たちの使命は、生まれた場所がいかなる所であろうと、命の限りに咲くということにあるのだ。そう思って、
どうか先ず、自分自身を謙虚に見つめ、心を豊かに育てて下さい。すると語るべきこと、語ってはならぬことが、おのずと分かって参ります。たくさん語らなくてもよいのです。わからないことは語らなくてよいのです。自然な自分の姿のままでよいのです。(三浦
わたしたちは今しか生きられないわけです。過去を生きることはできないんです。昨日確かに生きていたんですけれども、昨日をもう一回生きてみるというわけにはいかない。今日しか生きられない。明日を生きるわけじゃなくて今を生きるしかない。(三浦綾子『永
いかなる人も、むなしさを感じる時がある。が、その時こそ、静かに立ちどまって考えるべきなのだ。 ある人はいった。 「むなしいというのは、自分の生き方がまちがっていると鋭く指摘している証拠である」 本当だと思う。 いかに富を得、健康を得、歓楽を
『愛はもったいないということは言わない、愛する者は。 その人のために使う時間、相手のために使う時間、こんなやつとこんなところでしゃべってるよりどこかへ行ったほうがいいとか、自分のしたい時間に何かするとかじゃなくて、その人のために費やす時間を
『自分の人生は先が見えた、と思ってみんな生きているかもしれない。 でも「一寸先は闇」と言いますが、「一寸先は光」という言葉もあるんです。 自分の可能性がもう無いようにみえる生活の中に、そう考えて一筋の光が差し込んできたら、何倍にも生きる力
人生というのは すべて、 待つ時間に熟して 行くのだといった。 待つということは 明日を信じることであり、 明日に望みをもって 生きることでも あるといった。 (三浦綾子『果て遠き丘』)
言葉は生きものなのだ。心に蒔かれた言葉は、どんな形かに成長する。悪い言葉は悪い実を、よい言葉はよい実を結ばせる。私たちは、自分が今聞いている言葉が、どんな意味を持つのか、十分に聞き分ける必要がある。不要な言葉か必要な言葉か、識別する必要が
「いまより後のことは神の領分だ」と言った人がいる。しかし人間はなんと神を無視していることだろう」。神を信じていると言いながら、私自身、けっこう自分の知恵により頼んでいる。(三浦綾子『生きること思うこと』)
中日新聞のサイトで発見しました。http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2015010702000064.html(東京新聞の本日付1面にも同じ記事が掲載されていました) ↓本日の東京新聞1面記事『<戦後の地層 覆う空気(5)沈黙の重み>』で北海道の美術
自分だけが弱いんじゃない、自分だけが苦しいのではない。自分だけがむなしいのではない。自分だけが惨めなのではない。自分だけが死を思っているのではない。誰しもが、様々な苦しさ、むなしさに陥らざるを得ないのだ。そのことを、腹の底からよくみとめた時
「雲の上には、いつも太陽が輝いているのです」そうだとわたしは思った。二人の一生には、いかなる悪天候があるか予測できない。しかしどんな悪天候の日であっても、その黒雲の上には必ず太陽が輝いているのだ。雲はやがて去るだろう。だが太陽は去ることはな
(黒柳)朝さんの本に、「すばらしいものはみんなタダ。愛情、太陽、空気、水、勇気、信じること、情熱、好奇心・・・・・・」とあったのを思い出す。すばらしいものが、すばらしいものとわかること、これは実に私たち人間にとって稀有のことなのだ。何が大切