偶然と神の関係はどういうふうに言えばいいか分かりませんが、神が全知全能の創造者なのですから、偶然も必然も神の創造によって生まれたといえる。その創造が秩序的であるか、無秩序であるか、私たち人間には計り知れないことですから。(三浦綾子対話集2)
人間は、神の決められた法則乗り越えてしまうわけです。その乗り越えた分が罪なんですよね。人間には素直な「神への従い」がない。(三浦綾子対話集2)
いつまでも愛される存在でいたいという、心の甘さから脱出しなければ、安らかな清い生活を打ち立てることは、できないと思います。 (三浦綾子 『小さな郵便車』より)
私たちは、、「好き」と「愛」を混同することがある。「好き」というのは、むき出しのの感情であることが多く、「愛」には、愛し抜くという意志と共に、その自分の愛を正しく見分ける理性が含まれている筈である。(三浦綾子『私にとって書くということ』)
私たちは、職場にあって、言われたことだけのことしかしない人を時々見かける。そういう人は、仕事をすることに喜びを持っていないから、必ず不満や反抗が全身に現れる。これに対して、言われたこと以上に多くのことを、てきぱきとする人がいる。そのような人
愛とか、寛容とか、優しさがキリスト者のイメージのように思われやすいが、節をまげぬこと、そのために牙を持つことがなければ、その愛も正しく用い得ない(三浦綾子『忘れえぬ言葉―私の赤い手帳』)
実りのある苦労なら、誰でもするさ。しかし、全く何の見返りもないと知って、苦労の多い道を歩いてみるのも、俺たち若い者のひとつの生き方ではないのか。自分の人生にそんな三年間があったって、いいじゃないか。(三浦綾子「続・泥流地帯」より)
綾子どの 私たちの口から出たこんなオソマツな言葉が文庫本にまでなって、なんとありがたいことだろう。すべては綾子のおかげ。但しキリストを別にして 1981・結婚記念日 光世光世さま わたしが病気であった時、何年も
人間はただ精一杯に生きていればよいというものではない。いかなる目標に向かって、精一杯生きるべきかを知らねばならないのだ。(三浦綾子『石ころのうた』)
キリストの前には、悪人も善人もない。すべての人が等しく罪人なのだ。そのすべての人の罪を救うためには、神の子が十字架にかかる以外に方法はない。(三浦綾子『イエス・キリストの生涯』)
強烈な体験であればあるほど、自分一人の経験を唯一絶対のものとして、他の人の経験を認めないところがありますね。(三浦綾子対話集2)
どう考えても、人間が人間を殺すのを正しいとは、思えぬのです。神が創り給うた人間が、神が創り給うた人間を殺してよいものですかなあ。(三浦綾子『夕あり朝あり』)
「惇一君、まあ心配するなってことよ。世の中、人間の心配するようには、滅多にならないんでね。ま、心配した以上の悪いことが起きることもあるがね。『一日の苦労は一日で足れり』と、キリストさまも言ってござる」(三浦綾子『あのポプラの上が空』)
嘘をつかなければならぬその人間のみすぼらしさを、見限っちゃかわいそうじゃないか。ぼくらだって、嘘を言うことはあるよ。そしてその嘘を信じてもらっているよ。(三浦綾子『足跡の消えた女』)
「約束を破るのは、犬猫にも劣るものだよ。犬や猫は約束などしないから、破りようもない。人間よりかしこいようなものだ」(だけど、大した約束でもないのに)信夫は不満そうに口をとがらせた。「信夫。守らなくてもいい約束なら、はじめからしないことだな」
「口紅が濃すぎるよ」 という言葉ひとつでも、本当はなかなか言い難いものだ。言い難い思いをしてまで言ってくれるのは、愛があるからだと思う。しかし私たちは、人の言葉を受けとめることが実に下手だ。(三浦綾子「風はいずこより」)
今日のちょっと物思い「攻撃性という本能によって戦争が起こるという理論が出てくるのは、実際はそろばんをはじいてやることを、攻撃性という個人の心理の中へ擬態的に持ちこんでごまかすんです。結局軍産共同体には、戦争とか、攻撃性とかいって、いつも人民
「不思議なもんだな言葉って。言葉というものはなあ、綾子、話すほうが何とか伝えたいと思えば、必ず伝わる。聞くほうも、何とかして相手の言葉をわかろうとすれば、不思議にわかる。言葉はわからなくてもわかるものだ。」(三浦綾子『忘れえぬ言葉―私の赤い
仕事という字を見てみよう。仕(つか)えると事(つか)えると、二字とも、まさしくつかえると読む。仕事とは、つまり仕えることなのだ。働くという本来の字も見てみよう。にんべんに動くと書く。人のために動くこと、それが働くということなのだ。 わたしたちに
言葉を交わすことによって私たちは、勇気づけられ、慰められ、喜びを与えられます。と、同時に、人を傷つけ、見下すという愚かな過失も犯します。言葉は人間の運命をも変えるほど大きなものです。(三浦綾子『藍色の便箋』)
私たちは許しあわなければ生きていけない。そういう人間であることを認識する、それがとても大事なことだと、最近特に考えていますね。だから、人のしたことをいろいろ批評する前に、人間なんだもんな、という一つの共感を持って、そしてわかってあげられるよ
「人間、生きている限り、多かれ少なかれ淋しいのだ。孤独なのだ。それを、自分だけが淋しいかのように、自分の寂しさにのめりこんでしまう人がいる。しかし、その淋しく思う時にこそ、人はものを考えるチャンスが与えられるのではないだろうか。」(三浦綾子
「人はね、約束を守りたいのさ。でも、いろいろと家庭の事情でさ、守れないのさ。でもね、そうとわかっていて、約束してほしいものなんだ。人間はね。」(三浦綾子「石の森」)