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2017年05月20日20:35

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三浦綾子の言葉

「人を裁くことが、なぜ罪かを改めて知らされたような気がした」「裁くことは、自分が正しいという位置に座し、自分が正しいという確信を持つことだ。裁きの座につく方は、神おひとりだけである。人間が裁くということは、神を押しのけ、その神の座にすわることなのだ。神を信頼しない者は、神に裁きを任せておけないのだ。この傲慢さは、日常の私たちの姿でもある。そんなことを思いながら、私は陽子を書いていた。また裁くのは陽子だけではない。登場人物同志がお互いに随所で裁き合っている。私は人間の恐ろしさを自分の中に見ないではいられなかった」

(三浦綾子「こころの友」1971年8月号から)
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