mixiユーザー(id:61760371)

2016年04月15日23:44

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三浦綾子の言葉

これもまた、あくまでも、「つもりだった」に過ぎないのだ。そして「つもりだった」ということは、自己の本当の姿を知り得ぬ愚かさであり、傲慢であり、かつ偽善であり、インチキ性であるのではないかと思う。                                                
しかもこう書きながらも、わたしは自分の心の底にうごめく、自己を正当化したい自分の姿に、自己嫌悪する。人の心を傷つけた罪の深さに、いても立ってもいられぬ思いとともに、このことを真に悔い改めることの困難さに絶望を感ずる。   

                                
(三浦綾子『生きること思うこと』) 
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