(続き)
・Chapter4「光の効果」
1830年代には写真技術が発明され、その発展により19世紀後半、光は革新的な効果をもたらす事となる。
人々は光に対し科学的な関心を寄せ、芸術表現にも合理性、実験的性格が広がる。
幾何学的・抽象的な物体を被写体とし、光と影の純粋イメージを捉えようとする表現。また、スチル写真で動的表現の試みも。
1919年にはドイツのワイマールに造形芸術学校「バウハウス」(1919-33)ができ、世界各地からアーティストが集まる。
・Chapter5「色と光」
バウハウスは美術と工芸、デザインを総合し、幾何学と芸術が近寄る。
光と色、そして動きの関係も研究された。
色は周辺の色と関係し、見え方が変化する。
この視点は、第2次大戦後に拡大する抽象画のテーマの1つとなっていく。
ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)《スウィング》(1925)
カンディンスキーはロシア帝国出身だが、バウハウスで教鞭をとった。
「絵画は音楽のように抽象的であるべきだ」という考えに基づいた作品を多数残した。色は動きの感覚を生み出すための本質的要素である、とも。
タイトルの「スウィング」は言う迄もなくジャズから来ているだろう。第1次大戦後、ジャズは1920年代に大きく開花した。
マーク・ロスコ(1903-70)の《黒の上の薄い赤》(1957)、バーネット・ニューマン(1905-70)の《アダム》。2人は共にロシア系ユダヤでアメリカで活躍した抽象画家。
東ドイツで生まれ西ドイツに移ったゲルハルト・リヒター(1932- )の《アブストラクト・ペインティング(726)》(1990)
初期は自ら開発した「フォト・ペインティング」手法による作品を発表、その後様々な手法を尽くして抽象へ。
本作はスキージ―(へら)でカンヴァス上の絵の具を掻きとり、広げる事によって生まれた抽象画。下に描いたイメージがぼんやりと透けて見える(気がする)。
英国のブリジット・ライリー(1931- )《ナラタージャ》(1993)
規則的に並べられた幾何学形体と色彩から何を知覚(または錯覚)するか。
作家本人によれば、本作では多くの腕を持ち、宇宙の踊り手であるヒンドゥ教のシヴァ神をイメージしている由。
「ナタラージャ」はサンスクリット語で「舞踊の王」の事。
アメリカのペー・ホワイト(1963- )《ぶら下がったかけら》(2004)
482本の糸(上の写真で見えるだろうか?)とカラー印刷された紙片により「抑制された動きを探求する」モビール・インスタレーション。
床にできた影も面白い。
・Chapter6「光の再構成」
電球そして蛍光管は1820年代から50年代に発明され、20世紀に入ると人々の生活に浸透していった。
芸術家達はこれらの新しい素材を使って、光と人の関係性を探り、その世界を拡大していった。
英国の建築家・画家からオプティカル・アートに進んだピーター・セッジリー(1930- )《カラーサイクル�掘�(1970)
本作は下のリンクから動画でご覧頂きたい。
https://youtube.com/shorts/D4W2OFutrBk?feature=share(10秒)
同じく英国のデイヴィッド・バチェラー(1955- )《ブリック・レーンのスペクトル2》(2007)
都市生活を送る人々がどれほど多様に光を経験するかに着目、色鮮やかなライトボックスを様々に組み立てて作品を造形した。
・Chapter7「広大な光」
科学技術の急速な発展により、人々は宇宙的視野も手に入れる事ができるようになった。
宇宙の広がりと儚さの認知、そして、その中で私達の居場所を探る方法として、「光」は重要だ。
デンマークのオラファ―・エリアソン(1967- )による《星くずの素粒子》(2014)
気候変動等、地球的環境と人々はどう関わるのか、環境の中でどう生きるのか。
スチール製の多面体の小枠に反射ガラスがはめ込まれ、巨大なミラーボールのように不規則に輝きながら回転すると、まるで爆発した星(地球)の残骸のような模様を周囲に映し出す。
〈参考資料〉
・「テート美術館展 光」音声ガイド
制作 アコースティガイド・ジャパン
(続く)
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