日記「4月の観た聴いた読んだ & その他」で、生誕100年記念の野島青茲展/平野美術館について、ほんの少し触れた。
殆ど方がその名も作品も知らないだろうから、若干書いておく。
野島青茲(1915-71)は日本画家。
1933年から東京美術学校に学び、杉山寧,山本丘人,高山辰雄等と活動した。
在学中に《田の草取り》他で2度日展入選を果たし、
1942年、中村岳陵の門下に。
1944〜49年の間、法隆寺金堂壁画模写に参加。
1952年、《假縫》が日展特選。翌年から日展無鑑査となる。
1958年、肺結核で手術。
1960年、新日展で《モデル》が菊花賞。翌年から日展審査員に。
1965年には《母子像》で文部大臣賞を受賞。
1967年〜68年、法隆寺金堂壁画再現模写に参加、《文殊菩薩》を担当。
1968年、《武原はん像》、翌年《春鶯囀》を改組日展に出品。舞踊と演者が共通テーマに。
1971年、肺がん原因の心不全で急逝、55歳。
生まれは、私の家から程近い、浜松市北区細江町気賀。
老舗旅館吉野屋の長男であった。幼少時から体が弱かったようだ。
この旅館は今も細江神社の東隣にある。
東京から会社時代の友人達が浜松に遊びに来た折、ここに泊めさせた事もある。日本庭園が美しい。
離れの宿泊棟の1つは今も茅葺屋根を守っている。
以下は、展覧会のチラシ画像。
この絵は《舞》というタイトルで1970年に描かれた。(個人蔵)
上方舞で有名な舞踊家、人間国宝にもなった 武原はん(1903-98)をモデルにしている。
野島は他にも同女をモデルにしていくつか作品を残している。
今展には、これとは違う完成品(《武原はん像》)の素晴らしい下絵も展示されている。
他に小倉遊亀等も彼女をモデルに大作を描いていたと思う。
私が 今展で最も気に入ったのは以下の《夏蜜柑》(制作年不詳/個人蔵)。
実に生々しく、ナツミカンのたわわな枝が幽玄な人のようにも見える。
少し怖さを感じる程だ。
浜松市細江図書館の玄関ホールには、野島の大作が1点展示されている。
以下、《春鶯囀(しゅんおうてん)》(1969)というもので、日展に出品した。
タイトルは、雅楽の曲名で唐楽の1つ。
唐の皇帝がウグイスの声を聞き、その声をまねて作ったとも言われている。
朝鮮宮廷の官妓の舞姿は実に華やかで美しい。
この作品は当初旧細江町民福祉センターへ寄贈されたが、その後、本図書館に移された。
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