mixiユーザー(id:3341406)

2015年11月21日17:51

1091 view

東京行その2〜春画展/永青文庫

(続き)

11/17(火)、三菱一号館美術館のプラド美術館展の後、永青文庫で開催中の「春画展」を観る。
地下鉄有楽町線の江戸川橋駅から神田川沿いに約20分歩いた後の「胸突坂」はちょっときつい。JR山手線 目白駅からバスを使った方が楽だったかもしれない。

永青文庫は、旧熊本藩主 細川家の江戸屋敷跡にある。建物は昭和初期に同事務所として建てられたもの。1950(昭和25)年、16代当主 細川護立によって美術館とされた。内閣総理大臣を務めた細川護煕はその孫で、文庫の現理事長である。

大英博物館で2013年10月から翌年1月にかけて開催された大春画展(正確には「春画〜日本美術における性とたのしみ」展)は、約9万人の入場者を数え、日本美術の芸術的,文化的価値の多様性が再評価された。その後、フィンランドやスペインにも巡回した。
大英博物館では、16歳未満保護者同伴(禁止ではない)という緩やかな制限で行った。

海外での評価を受けて、日本での開催も当然企画された。
参) http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1929288740&owner_id=3341406
大英博物館で開催されたのだから、日本では、当然東京国立博物館でやられるだろう、そう私は思った。
しかし、東博だけでなく、企画を持ち込まれて受けなかった博物館・美術館は20に上った。
日本文化の未成熟に落胆したが、永青文庫で開催が決まった時は嬉しかった。
参) http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1942396403&owner_id=3341406
春画を公式テーマにした日本初の展覧会の開催である。

展示品は、大英博物館と同じではないが、同館所蔵品からの出品も得られた。他に、国際日本文化研究センター、ミカエル・フォーニッツコレクションその他の出品で、今回の展覧会は構成されている。
 ・会期 2015.9.19〜12.23

前期,後期が設定され、且つそれぞれの期で展示替えを1回ずつ行うという事で、全様を観る為には4度足を運ぶ必要がある。
展示総数は133。
形態では、絵巻,屏風,掛軸,1枚もの,冊子、等々、手法としては肉筆,版画、時代は鎌倉から江戸末迄の拡がりを持つ。

永青文庫の入場者も大変多いと聞く。朝日新聞DIGITALによれば、最初の1ヶ月間で早くも6万人を超えたとの事。
http://www.asahi.com/articles/ASHBM4S5THBMUCVL012.html
週末では、時間に寄り入場制限をせざるを得ないそうだ。
私が行った日も、性/年齢共大変幅広い層が観に来ていた。学生も会社帰りの人達も、オジさんもオバさんも、様々なカップルも、皆静かに鑑賞していた。それは何処の美術館とも一緒だった。但し、18歳未満入場禁止の制限がある。
大英博物館では6割が女性だったそうだが、今展のアンケート調査では30歳代女性が多いと同紙は触れている。


さて、展覧会の構成である。
・プロローグ
・��.肉筆の名品
・��.版画の傑作
・��.豆判の世界
・エピローグ

各章に添えられた文が、これ以上ない程内容を示しているので、そのまま紹介する。

��.肉筆の名品
「古くは平安時代からある春画の始まりは、絵師自らの筆で丹念に1枚づつ描く肉筆作品であった。平安時代には「偃息図(おそくず)の絵」と呼ばれる春画が親王に献上された記録があり、室町時代の末期から江戸時代初期にかけては、時の権力者の絵画御用を担った狩野派や土佐派の絵師たちが多くの春画を描いた。
そして江戸時代に庶民文化が花開くと、浮世絵版画で活躍する多くの絵師たちも肉筆の春画に腕を振るうようになる。
肉筆の輝くような絵具とのびやかな筆線、やわらかな描写、着物の文様や布の重なり、毛髪のゆらぎに至る微細な表現からは、日本の絵画の最上質の部分が春画にあると認めていただけるのではないだろうか。
子孫繁栄、武運長久を願い、嫁入り道具とした大名家の春画制作を担った狩野派から、庶民の男女の大らかな性愛文化を描いた浮世絵師の春画まで、この章では百花繚乱の肉筆の名品を紹介する。」

��. 版画の傑作
「江戸時代に入ると版画技術がめざましい発展を遂げ、春画も浮世絵版画とともに版画で量産されるようになる。男女の大胆な交合図の一方で、旺盛なパロディ意欲をもって医学書や解剖図、世界図、歌舞伎など、さまざまなジャンルが版画で春画化され、性を基調としたその面白みは庶民から大名まで幅広く愛好された。
さらに好色本の類の出版を禁止した享保の改革以降、春画は地下出版、あるいは私家本として制作・販売されていくが、何の規制も受け亡くなったことで、贅をこらした作品が数多く作られていく。金銀ぼかし、空摺など、超絶技巧ともいうべき版画技術が施された大名家の春画は、この時代の必見の一作であろう。
浮世絵の祖である菱川師宣に続き、鈴木春信、月岡雪鼎、鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎など名だたる浮世絵師が世に送り出した版画、版本の数々。自由奔放な創作意欲と才能に満ち溢れる傑作を、この章に集めた。」

・��.豆判の世界
「春画と一言でいっても、古くは平安時代から近現代まで数多の絵師が描いており、形式も様々、テーマも幅広く、実に豊かな世界をみせる。品格や値段という点からみた春画の頂点が肉筆春画であるならば、その対極にあるのが豆本版画ではなかろうか。大きさはおよそ縦9センチ・横13センチ弱。12枚や8枚など組物として売られたものが多い。値段もお手頃なものであったと思われる。しかしながら、絵師が凝らした趣向がその小さな版型の中に凝縮されている。
豆本春画は文政期(1818-30)頃から盛んにつくられるようになる。小さな春画は携帯に適しており、新年には登城した大名たちがその年の暦を記した豆本春画を交換しあったという。豆本春画を携帯する、贈答するという伝統は近代に入ってもながらく続き、日清・日露戦争の時には戦地に赴く兵士に持たせることもあった。
豆本春画は時代を超えてかなりの数が制作された。あまりに膨大なため、現時点でもその総数をつかむことはできておらず、研究もほとんど手つかずといえる。本展覧会に出品される豆本春画はいずれも今回が初公開となる。この愛すべき小さな世界をとくとご堪能いただきたい。」

肉筆で素晴らしかったものを2点ピックアップしたい。
1つは《欠題春画絵巻》より六図(江戸時代17c.)。作者は狩野派絵師、特定はされていない。大英博物館蔵。
着物の紋様の描写と色彩が極めて細密で鮮やか。背景には豪華に金銀箔がまき散らしてある。保存状態も極めて良好。狩野派の面目躍如といったところだろう。

もう1つは《春宵秘儀図巻》(1767-72)、月岡雪鼎(1726-87)画/ミカエル・フォーニッツコレクション。
月岡雪鼎はどれも色彩が美しいが、その中ではこれがまた図抜けている。
浮世絵の顔の描写は大概線と肌色1色の簡単なものだが、この絵では、男女の頬の色が彩色してあり、それがちょっした心理描写に繋がっている。
また、雪鼎には絵の中央部にぽーっとした紅色の霞を施したものがあり、これも他に類を見ない。この靄がまた上気した場の気配の仕掛けようにもなっている。

版画からは3点。
まずは《袖の巻》(1785)、鳥居清長 (1752-1815) 画/国際日本文化研究センター蔵。
これは画の形が実に面白い。「柱絵」と呼ばれる横長の形状で、サイズは12×67cmという特異なもの。
そのサイズから、クローズアップで捉えられた男女がはみ出して描かれている。
そのトリミングが実にセンスが良い。その横長のサイズが、現代の映画のワイドスクリーンのようにさえ見えもする。

次は、《歌まくら》(1788)、喜多川歌麿(1753?-1806)画/個人蔵。
これは男女のモデル設定が多岐で愉快。角隠しを頭にしたままの女性、頭巾を被った間男、眉を剃った武家の奥様、全身毛むくじゃらのいかつい男、太った女、外国人のカップルもいるし、河童迄いるという具合。
《喜能会之故真通(きのえのこまつ)》(1814)、葛飾北斎(1760?-1849/個人蔵)。こちらでは、大小のタコが協力して1人の女性を責め上げている。映画等でも使用された事がある作品だから、知る人も多いだろう。
歌麿と北斎には、絵の背景に文字を入れたものもあり、擬音語だらけの文章もまた愉しからずや。
北斎の春画は《富久寿楚宇(ふくじゅそう)》(1815-30/ミカエル・フォーニッツコレクション)を筆頭に、大変なエネルギーに満ちている。制作年代に幅があり過ぎるが、単純計算すれば、55〜70歳の間で描かれたという事になる。

時代による変化、作家による表現の特徴等を観ていくのは大変に興味深い。
春画だから手を抜くといった気配は微塵もなく、だからこそ時代を超えて残ってきた、どれも逸品と言える。


お終いに添えておきたい。
猥褻問題は常に権力と民の対立構造の中で発生してきた。権力は都合のいい時にこれを持ち出して、民を牛耳ろうとしてきた。今年も愛知県美術館で黒田清輝ならぬ「新腰巻事件」が発生した。
我々の表現の自由は、権力の前ではいつも風前の灯である。小さな権利に我々は常にセンシティヴでなければならない。まあいいじゃないかと思った時、権力は人の家にずかずかと土足で入ってくる。表現の自由は民主主義の根幹である。(→*)
エピローグの言葉を借りれば、「春画は、長い日本の歴史の中で、(常に)人々とともにあった」。
春画展が日本でようやく公の展覧会となった意義は大きい。
今展に(まだ終わっていないが)警察が介入しなかった事は、今後に向けて1つの基準になる筈だ。
日本の美術鑑賞の間口(可能性)は確実に拡がった。
この展覧会を開催してくれた細川護煕に感謝したいと思う。


(続く)
 
7 5

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年11月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930