6/30、NHK-BSの<古典芸能への招待>で、近松門左衛門(1653-1724)原作の人形浄瑠璃『心中天網島』の公演収録が放映された。
録画しておいたものを、昨日ようやく観る事ができた。
今年は近松の生誕360年になる。
初演は1720年10月の竹本座だが、彼は実際に起きた心中事件を題材にし、僅か2ヶ月で完成させたと言われている。近松68歳、彼の最高傑作と称される。
4/5、大阪国立文楽劇場公演から、放映されたのは、「天満紙屋内より大和屋の段」と「道行名残りの橋づくし」。
1962年以降、前者は「天満紙屋内の場」と「大和屋の場」とに分けて演ぜられる事が多かったが、この日は久し振り(正確に言えば61年振り)に、続けて演ぜられた。
天満紙屋は治兵衛の店蒹自宅、昼。大和屋は曽根崎新地の遊郭、深夜。質の違う場を通してやるのは難しい訳だが、そうする事によって、登場人物達の心の綾がより見えてくる。その分、語り手は、その心情表現が並大抵でない。
演者は以下の通り。
「天満紙屋内より大和屋の段」
・浄瑠璃 豊竹咲大夫
・三味線 鶴澤燕三
・人形遣い
紙屋治兵衛 吉田玉女
女房おさん 豊松清十郎
紀の国屋小春 桐竹勘十郎
粉屋孫右衛門 吉田和生
「道行名残りの橋づくし」は掛合いで歌三味線共合奏である。
・浄瑠璃 竹本文字久大夫,豊竹睦大夫 他
・三味線 竹澤宗助 他
・人形遣い
同上
遊女に入れあげた男とその女房という役所であるなら、遊女と女房は敵役同士となるのが普通だが、『心中天網島』では違う。
ここがこの物語のよくできたところで、且つ、長い間観客の同情を得てきたところでもある。
この関係を、女同士の「義理」と言う。現代ではなかなか理解し難い。
「義理」とは、他者を生かそうとする思いである。
遊女小春は治兵衛の妻おさんの為に身を退こうとし、おさんは小春の死を察して、自分の着物を売ってでも小春の身請けの金を作ろうとする。
切ない関係である。
また、治兵衛が遊び呆けた蕩児でなく、真っ直ぐな男である為、憎めない。
「天満紙屋内の場」では、おさんのその姿、身内の者を掻き口説いても小春を救い出そうとする様子と、舅姑等回りの者達との葛藤を描く。
小春を身請けするという事は治兵衛と小春を添わすという事であって、自分は家から出て行かねばならない。
夫治兵衛から、小春を身請けしたらおまえはどうするのかと問われたおさんは、「ハテなんとしょう、子供の乳母か、飯炊きか、隠居なりともしましょう」と答える。
「大和屋の場」では、心中しかもう手がなくなった治兵衛と小春が、示し合せて遊郭の大和屋から逃亡する。
深夜、大和屋の勝手口の外からの治兵衛の合図に、小春は車戸を開けようとするが、なかなか開かない。
外から治兵衛が、内から小春が、戸に手を掛けて引こうとする、その2人の姿が、人形であるにも拘らず必死の情が見え、また、小春の指先には切々とした色気が漂う。
実に美しい場だ。(→写真)
「道行名残りの橋づくし」は、死に場所を求めて彷徨う2人の様を、実際にあった橋の名前と背景を使ってリアリティを出そうとする。観ている上方の人達には、その実感がありありと伝わった事だろう。
最期に到っても小春はおさんに「義理」を通そうとする。即ち、2人一緒に死んではおさんに義理が立たぬ、離れた所で死んでくれろ、と。
治兵衛は刀で小春の胸を刺し、小春の腰紐を使って近くの水門で首を括って死ぬ。
涙なしに観る事はできない。
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