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2012年10月02日16:01

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木内昇著『笑い三年、泣き三月。』

9月には読み終えていたのだが、感想文は10月に入ってしまった。

物語の始まりは、第2次大戦終戦の翌年、昭和21年の東京上野,浅草である。一度焼け尽した上野駅前だが、生き残った人々はそこにバラックを建てて生活を始めている。
ガード下の屋台や闇市に飢えた人々が集まり、そして、頭にDDTをかけられた戦争孤児は、鉄屑拾いや、生き馬の目を抜くようなヤバイ事もして、日々過ごしている。
木内昇(きうちのぼり)は昭和42年(1967年)生まれの女性だが、こうした世界の描写は実に活き活きとしている。よっぽど下調べをしているのだろう。社会や風俗の実史も絡め、目の当たりにするような思いに読者を惹き込む。

主要な登場人物は3人(5人と言ってもいい)。

田川武雄は、家族全員を東京大空襲で亡くした10歳の少年で、前述したような日々を送っている。
住む家はなく、上野駅周辺の地下道等で浮浪者達に混じって夜露をしのいでいる。
武雄は、ある日、上野駅前で、1人のやぼったい地方出の中年男と遭遇する。
それが岡部善造44歳である。
武雄は食い扶持と期待したのだが、全くの間違い。

善造は地方を渡り歩く一座に属していて、万歳芸で(一応)人気者だった。言葉からすると博多出身。
「万歳」は「漫才」とは違う。愛知県東部なら三河万歳があるように、賀詞を歌い舞いながら行う、地方地方の伝統的な滑稽芸である。
終戦後、東京で一旗揚げようと、伝手も金もないのに1人一座を抜け出てきた。
せちがらい東京人とは違い、暢気なおのぼりさん風で、世の動向にも疎く、かなりズレている。

善造は、芸人の天地と名のみ知る浅草へ、武雄に連れて行ってもらう。
2人は、浅草寺の境内で、復員外套を着た痩せ男に出会う。
鹿内光秀である。
30歳代、南方で終戦を迎え、片耳は削げている。

光秀は元活動の世界の端の端で生きていた男で、今も映画監督になる事を夢見ている。
世を斜めに見るシニストで、彼のずけずけしたもの言いは人の気持ちを慮る事を知らない。
身内も仕事もなく、浅草で、昔助監督だった男に拾われたばかり。
善造は、何故か彼を万歳の相方にと惚れ込み、ついて回る。

こうして奇妙な3人組ができ上がる。

元助監督だった男は、杉浦保といい、50歳前後。
浅草六区に小さな小屋を作り、とは言っても、そこで何をするかまだ思案中。
全ての劇場で求職に失敗した善造と武雄は、光秀に連れられ、小屋を宿代わりにと入り込む。
人望家の保は、彼等を受け入れ、小屋ではストリップ・ショーを始める決心をする。世はエロ流行り。
まずは踊り子が要る。
応募してきた中で、保が選んだのは、決して美人とは言えない(光秀言うところの「おかめ」)風間時子、綽名ふう子他2名。
ふう子は、自称、元財閥のひとり娘で、作られたような山の手言葉を扱う。

保とふう子を足せば、5人組である。
共通点は、誰も身寄りがない事、金がない事。それ以外はてんでバラバラ。


1人では暮していけないが、5人くっつけば何とか食べていける。
保は、5人の役割を定め、ストリップ小屋のオープンに漕ぎ着ける。
武雄少年は、入口で切符売りと手内職。
善造は、ストリップの伴奏音楽の皿(レコード)回しと、合間のお笑い芸、それから炊事。
光秀は、舞台照明と踊りの演出、館内掃除。
ふう子は、見えそうで見えないストリップ、「ギリギリショー」の踊り。後々、エロは、他館との競争上、次第にきわどくならざるを得ないのだが…。
保自身は、人事・経営と言えば大袈裟だけれども、皆の世話焼きと雑事全般。

武雄は、今もって家族の死を認められない。
人との会話は妙に他人行儀、子供らしく大声で笑う事がない。
あちこちで新聞や雑誌の切れ端を拾い集め、隅々迄読むのが好きで、話し振りは10歳と思えない理屈っぽさ。
父親が印刷工場を経営していたのがその原因で、活字が心の拠り所。世話になりつつも、回りの4人を心から信頼する事がない。
自分の将来にも目を向けられない。

これらは、大なり小なり他の4人も同じだ。
皆、上で紹介した通り、それぞれの意味で、多くを失っており、心に風が吹き抜ける。
戦争で焼け野原となり、信じていた国が敗れ、いつもお腹はぐーぐー、GHQの管理下、「民主主義」という言葉も身に付かない。
しかし、ストリップ小屋という具体的なものが目の前にできたおかげで、取り敢えず日々何をすればいいか、それだけには触れられる。
善造は、笑いの質が変化した今についていけず、苦悩の日々。自分らしい笑いとは何か?
光秀は、映画の夢立ち切れず、自分のしがない能力を認められず、回りに当り散らしては顰蹙を買う毎日。
しかし、全く違う人間が寄り集まる事で、ある時はぶつかり合い、ある時は助け合い、食べ、笑い、ネガティヴになり切らずに済む。
傍から見れば、その何とも滑稽な日々。笑いの種類は様々だが、じめじめせずに生きていく様。
泣くのは簡単だが、心から笑えるというのはなかなか難しい。
こうして、年月は過ぎて行く。

5年、武雄に変声期が訪れる。

この物語は、完膚なき破壊の後の混沌から、人が自分を取り戻す試みの行程である。
5人は、自分と向き合い、それぞれ自分の道を見つけ出す。
夢みたいなハッピーエンド等やって来やしないが、1人でも何とか生きていけるさ、と、前を向く。


文藝春秋、2011年9月第1刷発行。
初出は、別冊文藝春秋2010年3月号〜2011年5月号。
 
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