観たのは、今一部で上映されているアンジェロ・ロンゴーニ作の『カラヴァッジョ〜天才画家の光と影』ではない。1986年に作られた、デレク・ジャーマンによる『カラヴァッジョ』である。同年のベルリン国際映画祭で銀熊賞を獲得している。
多分5年程以前に購入して手許に保有していたDVDで、勿論初めての鑑賞ではない。mixiを始める前に観たようで、過去の日記には扱っていない。
先にデータをピックアップしておこう。
監督・脚本 デレク・ジャーマン
撮影 ガブリエル・ベリスタイン
衣装 サンディ・パウエル
出演 ナイジェル・テリー,ティルダ・スウィントン,シーン・ビーン,スペンサー・リー他
1986年英制作
登場人物には、史実の人物とデレク・ジャーマンが創作した人物とが混在している。
ラヌッチョ・トマッソーニ;
これは、カラヴァッジョがローマで乱闘事件のあげく剣で殺してしまった男である。この事件で彼には死刑宣告が出され、それ以降、ナポリ,マルタ,シチリア他、逃亡の生活に入る。
ラヌッチョとカラヴァッジョの同性愛関係はジャーマンの発展的創作である。
レーナ;
恐らくはローマの娼婦。公証人パスクアローネとの間で、この女を巡って争いとなり、カラヴァッジョはパスクアローネを切りつける事件を起こしている。(以降、ボルゲーゼ枢機卿の項を参照)
映画では、ラヌッチョの愛人でカラヴァッジョとの三角関係になる女として描かれている。そして、後、シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿に囲われる。この辺りは全てジャーマンの創作。
フランチェスコ・マリア・デル・モンテ枢機卿;
彼は、ロンバルディアからローマに出てきたカラヴァッジョの最初のパトロンである。初期の『病めるバッカス』(1594),『リュート弾き』(1595)は彼の邸宅で描き、聖マタイ伝3作(『聖マタイの殉教』(1600),『聖マタイの召命』(1600),『聖マタイと天使』(1602))は、彼の斡旋でサン・ルイジ・フランチェージ聖堂に描いたと考えられている。これでカラヴァッジョは一躍人気画家となった。
シピオーネ・ホルゲーゼ枢機卿;
教皇パウルス5世の甥で、金と権力を駆使し、かなり強引な手法も含めて美術品の蒐集を行った。その中にカラヴァッジョ,ベルニーニの作品の数々がある。
レーナを巡って公証人パスクアローネを切りつけた事件で、彼は両者を調停した。恐らくそのお礼として、カラヴァッジョは『執筆する聖ヒエロニムス』(1605)を枢機卿に贈呈した。最後の作品とされる『洗礼者ヨハネ』(1610)も、恩赦を期待して、枢機卿の為に、南部の逃亡生活の中で描いたと考えられている。
また、カラヴァッジョの絵の何枚か、その制作現場が映画に出てくる。その制作動機や、環境の設定を、上の人間関係と複合させて観ると、なかなか面白い。
まずは『聖マタイの殉教』(1600);
この絵では、倒れる老人の聖マタイよりも、中央の半裸の若者、この男がマタイを剣で殺そうとしているのだが、彼の方が絵の中心になっている。カラヴァッジョの視線は完璧にこの若者の方に行っている。
映画では、この男のモデルをラヌッチョにやらせている。カラヴァッジョは飲み屋(賭場)でラヌッチョに一目惚れし、金をちらつかせて自家に連れ込み、モデルをさせている。内縁のレーナもラヌッチョについて来ている。
カラヴァッジョとラヌッチョの関係は、金の縁から、次第に愛に変化していく。
同時にレーナとも関係を持つカラヴァッジョ。同性愛と異性愛が同時に進行する複雑な人間関係。
レーナは、枢機卿の主催するパーティの後、シピオーネに連れていかれる。
『悔悛するマグダラのマリア』(1595);
映画では、このレーナをモデルにして、カラヴァッジョが絵を描いている。
涙の訳を問うと、妊娠したと答える。
父親は、シピオーネかカラヴァッジョかラヌッチョか。
レーナは事実が何であれ、シピオーネへの玉の輿の材料にするつもり。
ラヌッチョは強くカラヴァッジョを嫉妬する。
ある朝、レーナの死体が川に浮かぶ。
『聖母の死』(1605-06);
この絵は、実際に死体をモデルにしたと言われている。足の裏を見せて横たわる女の腹は、死後の変化で膨れている。回りで聖人達が悲しむが、絵からは聖母の聖性は微塵も感じられず、死の現実が迫る。絵の注文主、サンタ・マリア・デラ・スカーラ聖堂はこの絵の受け取りを拒否した。
映画では、レーナの水死体をモデルにして、カラヴァッジョは怒りと伴にこの絵を描いている。
捕縛されたラヌッチョを、カラヴァッジョは、シピオーネ枢機卿の力を借り、教皇に面会、恩赦を願い出ている。
解放されたラヌッチョは、カラヴァッジョの愛に感謝し、そして、レーナを殺したのは自分だと告白する。
カラヴァッジョは驚き、ナイフでラヌッチョの頸動脈を切る。
史実であるラヌッチョとの争いと殺人の理由を、ジャーマンはここに見出そうとしている。勿論全くのフィクションだが、それはそれで解釈として面白い。
他にも、『果物籠を持つ少年』(1594),『勝ち誇るアモル』(1602),『洗礼者ヨハネ』(1604),『キリストの埋葬』(1602-04),『執筆する聖ヒエロニムス』(1605-06)等を描く場面が出てくる。
映画から写真を何枚かピックアップしておく。原画が何かをここで言うのは無粋というもの。
以上のような史実との絡め方、残された作品の使い方もさる事ながら、デレクは、また、タイプライターやトラック,バイク等、異なる時代の物を故意に混ぜ込んで、シュールレアリスティックな画像を作り出している。人間の関係と心の奥底は、いつの世も変わらないというメタファーだろうか。
そして、最初から最後迄通して匂う死の強い香り、頽廃的で世紀末的な雰囲気、また、あの独特なカラヴァッジョの光と闇。
デレク・ジャーマンは自らゲイである事を公表、この映画を作った1986年にはHIV感染が判明、8年後の1994年に52歳の若さで亡くなっている。
恐らく自身をカラヴァッジョに重ねていたであろう事がひしひしと伝わってくる。
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