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2026年10月28日20:51

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映画『わたしの知らない子どもたち』/西川美和~1

10/26(月)、TOHOシネマズ・サンストリート浜北で『わたしの知らない子どもたち』を観る。

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監督 西川美和(1974- )は、一貫して善悪だけでは割り切れない人間の複雑さを描いてきた。今こちら側にいる人間が、どんな拍子で向こう側に行ってもおかしくない。彼女の長編第2作で国際的にも多くの評価を獲得した『ゆれる』(2006)、そのタイトルの通りである。

今回は初めて太平洋戦争末期から戦後の時代を取り上げ、その世界で少年少女達がどう生きたかを丹念に描いたオリジナル脚本である。
この企画の発端は前作『すばらしき世界』(2021)の中にあった。
同作品の原案は佐木隆三(1937-2015)の小説『身分帳』(1990)だった。
主人公 三上正夫は、母によって孤児院に置き去りにされ、終戦後の混乱の中、独り街を彷徨い、裏社会に取り込まれていく。映画は、殺人罪で13年の刑を終えた三上が50歳代で刑務所を出るところから始まる。自己表現が不得手で、人と打ち解けず、出所後の都会生活で挫折していく男。彼がどのような幼少年時代を送ってのちの三上になったのか、前作は殆ど扱っていない。西川は自身そこに目がいった。戦後の街に誰にも知られずに生きていた孤児達、彼らを取り巻いた社会はどんなものだったのか、それを描いてみたいと。
本作のタイトルはこの下線部から来ている。

ひとりひとり人生きるのに精いっぱいだった時代、多くの大人達は路上に放り出された子供らから目を逸らした。彼らに食事を与え、受け入れたのは、往々にしてヤクザや街娼など裏社会の人々だった。それは勿論彼らのヒューマニズムではない。

戦争孤児の記録・資料は殆ど残されていない。明かしたくない人生を送ってきた人々の口は重い。西川は2020年、紙の上だけでなく、徹底的な調査から映画の準備を始めた。台本を書くのに3年半かかった。

冒頭「1945年3月9日」という文字がスクリーンに現れる。それがどんな日だったか、思いが及ばない人も多いに違いない。
疎開先の学校の講堂にポツンと残されたアップライトピアノ。東京からやってきた主人公 小学5年生の茅野琴子(小八重葵美)と仲良しの女の子が弾きだす。演奏するのは飛び跳ねるリズムの楽しいドビュッシーの《子供の領分》から〈ゴリウォーグのケークウォーク〉。
しばらくすると、疎開仲間の子どもらが来て、琴子らを椅子から引きずり降ろして暴力をふるう。そこへ疎開を引率した担任教師 曽根文美子(二階堂ふみ)が来て間に入るが、このご時世に敵対国の音楽を弾くなんて、と、専ら琴子らに注意を与える。
琴子の父親 孝一(竹野内豊)は音楽家でオーケストラの一員、琴子はピアノ、兄はヴァイオリンを幼い頃から習っていた。

翌日未明、琴子と女友達が山上の宿泊所から脱出を図ろうとして遥か東を見ると、東京の方向の地平線の一部が真っ赤に染まっている。「東京大空襲」である。
女友達は、その赤色の下で両親や知り合いらがどうしているか想像もできず、つい「きれい」と口走る。

終戦後しばらくして、曽根と琴子、疎開仲間の一部は上野駅の雑踏の中に降り立った。
改札前の広場、琴子の迎えは誰も来ていない。曽根は琴子を連れていこうとするが、琴子は、両親が来る筈だと頑なに拒む。
曽根は、琴子を気にし、振り返りつつ別の生徒と伴に去っていく。この事が曽根の大きな悔やみとなり、のち、彼女は琴子の行方を探し回る事となる。
琴子が柱の下に座って待ち続けていると、浮浪児らしき2人連れが彼女の荷物を奪って逃げてしまう。足早に歩く周囲の大人達は誰も気にかけてくれない。

翌日、琴子が何とか我が家のあった場所に行き着くと、周囲は焼け野が原。真っ黒に焼け焦げた瓦礫の中に彼女が親しんだピアノの鍵盤が見える。
少々省略。
琴子は上野駅に戻り、ガード下で靴磨きをしている少年少女らの姿を見つけ、その間に入ろうとする。
材料と場所を分けてくれた年上の少女は、客の男に声をかけられ、何処かへ出かけていく。周りの少年らは、またか、みたいな下卑た声で笑う。不思議に思った琴子が、少女の行った方へ歩いていくと、もの陰で男の下になっている彼女を見つけ、視線が合った。彼女は去っていく男から金をもらい、知り合いだと言って力なく笑った。
(こんな時代に)路上で少女が独りで生きていくのは危険極まりない事だと、琴子は感じとった。
琴子は靴磨きの少年のハサミを借り、柱の裏で自分の髪をバッサリ切った。なるべく声を出さず、少年として生きていく決心をした。

しかるのち、元教師の曽根は仕事を探してあちこちの職安を歩き回っていた。
胸には赤ん坊がいた。婚約者の出征前夜に契り、できた子供だった。
婚約者の家族も死んだのか、彼の骨壺は血のつながらない曽根が引き取った。
戦争直後の混乱の社会にあって元教師という職歴には何の価値もない、ましてや乳飲み子を抱えた女性に「いい仕事」など巡ってこない。
事務仕事だと言われて現場に行って見ると、そこは占領軍向けの慰安施設だった。
苦しんだあげく、曽根は体を売る事となる。そうしなければ赤ん坊諸共に飢えて死ぬしかない。

ある日、曽根の許に長崎から手紙が来る。
発信者は琴子の父親の音楽関係の友人だった。琴子の父親は死んでいた。生前、世話になった彼から琴子を頼むと言われた。彼女は今何処にいるか知らないだろうか?
曽根は上野駅で分かれた時の琴子の顔を思い出し、心が痛んだ。あの時私は彼女を捨てたのだ。
曽根は、時間ができると、赤ん坊を抱きながら琴子を探した。

(続く)
 
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