(続き)
◆3.「それぞれの航路」
第二次世界大戦後、復興が進むと、国を越えた経済や文化の交流が盛んになった。戦後に起こった前衛美術運動では新しい時代を象徴し、女性作家の参加が目立つようになった。
1957年に来日したフランスの批評家ミシェル・タピエによって、田中敦子や福島秀子(1927-97)らが評価され、それにあと押しされ、1950年代から60年代には女性作家が注目された。
・福島秀子《コラージュ》(1964)ワックス,パラフィン紙etc.
福島は1961年にパリの展覧会に参加。その後1年以上パリを中心にヨーロッパで過ごした。
ちぎられたフランス語新聞が貼り付けられている。
女性達は連帯を強め、女流画家協会、日本女流版画協会、女流写真家協会といった団体の動きも活発になった。
彼女達の中にはヨーロッパやアメリカで作品発表の機会を得て、海外を拠点に長く活動した作家もいた。
桂ゆき(1913-91)のようにアフリカ奥地を単身で旅して創作の糧としたり、富山妙子(1921-2021)のように幼少期を満州で過ごし、戦後世界旅行を経て日本がアジア各地に残した傷跡に向き合わなければならない事を自覚した作家もいる。
さらに1964年に海外渡航が自由化されると、海を越える経験はより身近なものになっていった。
・桂ゆき《はだかの王様》(1969)油彩,小石,板etc.
ぎっしりと埋め尽くされた衆目の視線に晒される裸の王様、そのT字の極小フンドシは新聞の紙っぺら。
・富山妙子《始まりの風景 満州》(2016)油彩
富山は10歳代で旧満州に移住した。
この絵を描いた時富山は95歳。
記憶の広い満蒙広原には大砲が準備され、火事の黒煙からは戦を拡げる龍神が顔をのぞかせている。
・小西真奈(1968- )《浄土2》(2007)油彩
波もなく鏡のような内浦。若い女性がズボンをまくって水に入り、何かいるのか水底を見つめている。
周囲の岩山とアンバランス感が漂う。浄土には見えない。
・福田美蘭(1963- )《山水図》(2013)アクリル絵具
如何にもかくある通りというモノトーンの山水画。しかし、空には大型飛行機が飛ぶ。
ここにもアンバランスを愉しむ現代人の姿がある。
◆4.「ヴェネチア・ビエンナーレという舞台」
横浜トリエンナーレを含め、今日では各地で国際芸術祭が開かれ、国際交流の場となっている。中でも1895年創設と最も歴史が長く、最大規模を誇るのがイタリアのヴェネチア・ビエンナーレだ。同展の見どころのひとつは、29カ国の政府が所有する国別パビリオン。建築家・吉阪隆正設計の日本館は、1956年に開館した。以降、先鋭的な表現がこの場所から生まれた。
日本館に参加した女性作家には、江見絹子(1923-2015/参加1962)、草間彌生(1929- /参加1993)、石内都(1947- /参加2005)、やなぎみわ(1967- /参加2009)、束芋(たばいも1975- /2参加011)、塩田千春(1972- /参加2015)、毛利悠子(1980- /2024)などがいる。
・石内都《同級生(作者本人)》(1984)ダイ・ディフュージョン・プリント
横須賀港の埠頭に立つ2人の女性。
右側の女性が石内本人か、よく見ると、コードの先にカメラのシャッターのリモコンを持っている。
石内(当時40歳)は高校時代の友人に、写真を撮るからおしゃれをしてきてねと電話をかけた。が、本人はトレーナーにジーンズ。22年間違う人生を送ってきたと想像させる。
・やなぎみわ《案内嬢の部屋B3》(1997)発色現像方式印画
盛時にはデパートの受付で客対応をしていた若い女性達。同じスーツと帽子、白い手袋。同じ顔つきと髪型、同じ表情で、地下鉄のホームに佇みまた座り込んでいる。
・束芋、上から《お櫃とお初》《伸びる福耳》《台本に落ちる》 (2018)ドライポイント,アクアチント
お初は人形浄瑠璃『曾根崎心中』の遊女、足許には着物に隠れて徳兵衛がいる。お櫃とお初のダジャレ。今は昔のツールと物語。
福耳は縁起が良く、金運が恵まれる相だと言われる。何の根拠もないが、日本人は何かというとそうした古くからの言い伝えに縋り、寺社では現世利益を頼んで賽銭を投げ入れ、おみくじを引く。
できのいい物語、オチの素晴らしい展開、いい台本ができるとそれだけでいい作品ができるとつい思い込む。自分の頼りない性向に警鐘を鳴らす束芋。
・塩田千春《Skin》(2016)糸
皮膚の下を通る毛細血管。私はどうあがいても日本人。私は女。
アーティストとしては日本よりベルリンが生きやすい。
毛利悠子は、ギャラリー9に別室を設け、「第60回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館帰国展」として拡大展示されていた。
《Decomposition》(2024)
広いガラス窓の向う、横浜美術館正面通路のタイルは雨で濡れている。
《モレモレ Moré Moré (Leaky)》(2024)
こちらは《Decomposition》と《モレモレ Moré Moré (Leaky)》のカップリング作品。
《Decomposition》については、以下レポートを参照頂けたらありがたい。
「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子〜ピュシスについて」/アーティゾン美術館 (改訂) (2025.1.17記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989223955&owner_id=3341406&from=list_diary_search
《モレモレ Moré Moré (Leaky)》は、「東京の地下鉄構内の各所で頻発する水漏れと、それを駅員たちが手近な道具を使って対処するさまに想を得た」との本人の弁。
アートはいろんなところに転がっているものだ。
17:30頃、美術館を辞し、みなとみらい駅から電車を乗り継いで新横浜へ。新幹線こだまは幸い自由席に座れた。
20時前に浜松着。台風の進行が予想より遅く、浜松では降られずに済んだ。
ログインしてコメントを確認・投稿する