mixiユーザー(id:3341406)

2026年06月26日23:44

129 view

NHK-BS「英雄たちの選択」 出雲の阿国の実像~1

6/22(月)NHK-BSで放送した「英雄たちの選択」、『追跡!出雲の阿国~元祖エンタメ界のスーパースター』。

MC 磯田道史 国際日本文化研究センター教授
ゲスト解説者
中村壱太郎 吾妻流家元 吾妻徳陽。上方歌舞伎女形役者。舞台『GOEMON』で阿国を演じる。
奥平俊六 美術史家、特に近世初期の風俗画、狩野派、琳派、初期歌舞伎の図像について研究。

出雲の阿国(おくに)は400年程前、京都に現れた。
関ヶ原の合戦(1600/慶長5)から3年後、豊臣から徳川へ新たな秩序が始まるが、戦いの火種もくすぶる時代である。

阿国の歌舞伎踊りを描いた絵の中で最も有名な《阿国歌舞伎図屏風》(六曲一隻/慶長後期/京都国立博物館所蔵)
フォト

阿国一座の舞台は北野天満宮の東門前に造られた。
豊臣政権により戦国時代の荒廃から復興した京の町、その北西の端に北野天満宮はある。

全体図から阿国のクローズアップ。
フォト

彼女の見た目の特徴を挙げると、異様な男装、湯上りの乱れ髪、鉢巻き、朱色の鞘の大刀、金と雲英(きら)の派手な小袖、黒の胴衣、腰の脇差、そして体を大きく捻らせる決めポーズなど。

人間阿国の実像は不明な点が多い。阿国の実像を伝える文献資料は少ないが、屏風絵など絵画資料は豊富で、最近は、彼女を描いた屏風絵の解析、そして故郷とされる出雲での研究が進んでいる。

◆阿国の芸はどんなものだったか?

阿国の歌舞伎踊りの具体的な振りや所作は一切残されていない。
女性日本舞踊家 吾妻寛穂が阿国の歌舞伎踊りの再現を試みた。
吾妻「今の踊りはすり足が基本、当時はすり足がなかった。
阿国の時代は自由奔放、身体をくねったり、自由に飛び跳ねたりしていた。躍動的で、見ていて一緒に気分が高潮する。」

《阿国歌舞伎図屏風》のステージ部分。
フォト

阿国の後ろにいる囃子方、笛,鼓,太鼓,歌。
フォト

入口;木戸番と交渉する男、連れの付き人も中に入れろと要求しているよう。
フォト

観客席;稚児を連れた僧侶達、着飾った女性達。
フォト

フォト

桟敷;金扇を持った高貴な身分の者達。
フォト


戦国後期から江戸初期の記録をしたためた『当代記』、その1603(慶長8)年4/16の項、
「この頃歌舞伎躍(おどり)ということあり。これは出雲国神子女(みこ)、名は国」
「異風なる男のまねをして、刀、脇指(わきざし)、衣装なども殊に異相也、茶屋の女と遊ぶ姿を見事に演じた。」
「京中の上下、賞翫(しょうがん)する事、斜(ひととおり)ならず。」

狩野内膳筆とされる《豊国祭礼図屏風》(六曲一双/豊国神社所蔵)。
画像は、以下レポート「小雨の方広寺、豊国神社」(2025.3.7記)参照。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989535688&owner_id=3341406&from=list_diary_search
阿国の所作やファッションを真似たと思われる町衆が大勢描かれている。京で阿国風が大流行した事が分かる。

狩野長信が17世紀に描いた《花下遊楽図屏風》(六曲一双/東京都国立博物館所蔵/国宝)にも、阿国の姿を真似た女が描かれている。
フォト

以下第2扇クローズアップ。
フォト


・阿国の歌舞伎踊りが何故これ程の人気を博したか?
歌舞伎図の研究者 舘野まりみ(早大非常勤講師)は「かぶき」という言葉にヒントがある、と。
もう一度《阿国歌舞伎図屏風》に戻り、当時の風俗の一端を見てみよう。
左下の男2人が扇で顔を隠しながら女性に近づいている。男の1人は女の二の腕を掴んでいる。今で言う”ナンパ”だ。
フォト

中央右、立って見物している目出し編み笠の男、腕まくり、刀に手を回していて物騒な感じ。
フォト

これらの男は当時「かぶき者」と言われた。阿国はそれを舞台に採り入れ、アレンジし、舞台で演出した。
「かぶき者」;「傾く」という常識から外れた事をする動詞からできた言葉。
『日葡辞書』(ポルトガルの宣教師のための辞書)の邦訳には、
「かぶき者」;ひどく常軌を逸した人。自分に許された以上の勝手気ままをする人。

◆「かぶき者」の背景

関ヶ原の合戦が終わり、徳川の時代に入る頃、戦国の世に遅れて生まれてきた者達は、いくさ場という活躍の場と立身出世の機会を失っていた。自分達には居場所も未来もない。
行き場のない不満と絶望、苛立ちを抱え、喧嘩をしては大刀を振り回し、奇抜な服装で闊歩、傾いた行動を続けた。

熱田神宮に伝わる刀
フォト

刀の柄に収められた部分茎(なかご)に当時のかぶき者達が好んだ言葉「生過(いきすぎ)タリヤ廿五」が彫られている。25歳、つまらぬ世に長く生き過ぎた、と彼らの感慨。
この言葉の詳細については、以下レポート参照。
「いきすぎたりや 廿三〜豊国祭礼図屏風」(2023.11.14記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986339995&owner_id=3341406&from=list_diary_search
岩佐又兵衛の《豊国祭礼図屏風》ではかぶき者の太刀の朱鞘に同じ言葉が描き込まれていて、その喧嘩にはある謎が秘められていた。

舘野「阿国はそういうかぶき者達を舞台に採り上げ、しかし、暴力を働く者でなく、カッコいい色男にした。
巷の人達はそれを面白がった。ファッションも流行した。」

《京名所(東山・北野)遊楽図屏風》(江戸前期/世尊院所蔵)
フォト

阿国演ずるかぶき者と手前右に座る茶屋のおかか(女将)が戯れている舞台、
舘野「注目する点は、茶屋女の顔をよく見ると、髭が生えている。男性の役者が遊女役を演じている。阿国がかぶき者を演じ、男性が遊女を演ずる。倒錯的な世界。斬新な演出。」
時代の気分を鋭く切り取った視線と、男と女の逆転した設定、見た事のない斬新な舞台が人々を魅了した。

《花下遊楽図屏風》相国寺所蔵
フォト

奥平「脚を拡げて座る恰好、こうして”メンチを切る”若者は今もいる。」
磯田「左の男の刀のつばは異様に大きく花の形をしている。彼らの美的拘りは、髭とつながっている長いもみあげにも見られる。徳川幕府はのち、これも規制していく。」

《賀茂競馬図屏風》末次家所蔵
フォト

奥平「着物の紋様が黒と白のどくろ。こうした柄を"狂紋"と言った。」
現代の若者の中にも、こんな柄のティーシャツを好んで着ている人がいそうだ。

・阿国歌舞伎における性の逆転の意味
奥平「非日常に対する憧れ。
《阿国歌舞伎図屏風》に描かれた「鼠木戸」。(鼠が通るような)小さな入口を潜れば別世界に行ける。男女逆転も一種の非日常。
ただ、男が女を演ずるのはもっと前から能や狂言に存在した。だが、女が男を演ずる例は極く少なかった。一つの舞台の中に両性の逆転がある。今の歌舞伎と宝塚が一緒にあるようなもの。斬新な仕掛けだ。」

(続く)
 
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年06月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930