(続き)
ある日、愛犬のマラが、近所の大型犬に嚙み殺されるという事件が起きた。
T・Jは、海辺に穴を掘り、マラを葬った。
炭坑の落盤事故で父が死んだのはこの先の海の下である。
ショックを受け、T・Jは店も休業にした。
ヤラとその母親が店に手作りの食事をもってやってきて食べさせ、T・Jを慰めた。そのシリア料理の美味しかった事!
「シュクラン」、T・Jは憶えたアラブ語を発する。
食は生きる上でこの上なく大事だ。
T・Jは元気を取り戻し、店を開く事ができるようになった。
その後、支援団体の友人ローラがヤラとやってきて、T・Jに提案をした。
村には生活に困っている貧困家庭がある、シリアから移送されてきた難民達も仕事に就けず、十分な食事をとれていない子供もいる。ついては、子供食堂を奥の部屋に開設したらどうだろうか。
T・Jは設備の問題を話すが、地元の協力者や難民らの手伝いで修理をし、材料の提供を受けて、とうとう食堂を開けるところ迄きた。
当日の昼には多くの人々が押し寄せ、食堂は満員になった。
ある子供がT・Jに尋ねる、次はいつやってくれるの?
彼は週何日かやれるようにすると約束する。
食後には、シリアの民族楽器の演奏付きで、ヤラの写真の鑑賞会も開かれた。
だが、数日後、老朽化していた配管が壊れ、料理と電気の設備が水浸しになってしまう。
調べると、今度ばかりは本格的な修理が必要になる事が分かった。
ところが、この部屋には保険をかけていなかった。保険料を安くするためだった。
これでは修理の経費を捻出できない。
T・Jは絶望した。
そんな中で、今回の事故が仕組まれたものだった事が判明した。首謀格はパブの常連、難民受け入れ反対のチャーリーと男達らしい。
反対のための抗議集会をパブの奥の部屋でやる事をT・Jに断られた事の腹いせのようだったが、証拠はない。
T・Jは思い切ってチャーリーの家に行き、今回の事件について話をした、名指しはしないものの犯人らの目星もついている、そう感情を押し殺して。
チャーリーは黙ったまま反応しない。
T・Jは彼らとの決別を覚悟する。
絶望を深めたT・Jはまた例の海岸に行き、沖を見つめていた。
その時、支援活動仲間のローラが叫びながらやってきた、シリアで拘禁されていたヤラの父親が死んだと知らせが入ったと。
T・Jは走って彼女らの家へ向かった。
家では、ヤラの母親と妹達が号泣していた。
T・Jには慰めの言葉をかける事しかできない、それも伝わるかどうか。
しばらくすると、ドアを静かにノックする音がした。
開くと、献花を持った近所の人が、「(シリアの)弔問の仕方も分からないけれど」と言いながらやってきた。
ヤラと母親は驚き、近所の人と抱き合った。
そのあとにも、花や手紙を持った人達が次々にやってきた。
難民仲間だけではない。子供食堂に来ていた地元の子らとその家族、T・Jが見回すと、病気の妻の車椅子を押してきたチャーリーの姿もあった。
家の前には、たくさんの花束や手紙が立てかけられた。
しばらくして、地元の祭りの日、道路を埋める人々の行進の列。
難民達から貰ったシリアの織物の大きな旗章を両脇で持つT・Jとヤラも、微笑ながら歩いてくる。
世界中で分断と戦いが繰り返される今日、簡単とは言えないが、決して絶望だけではない、救いはある、希望はある。
ケン・ローチの最後の声である。
監督 ケン・ローチ
脚本 ポール・ラヴァティ
撮影 ロビー・ライアン
編集 ジョナサン・モリス
衣装デザイン ジョアン・スレイター
出演 デイヴ・ターナー,エブラ・マリ,クレア・ロッジャーソン,トレヴァー・フォックス 他
受賞 ロカルノ国際映画祭観客賞,ゲント国際映画祭観客賞
2023年/イギリス・フランス・ベルギー
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