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2026年06月19日11:00

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賀茂真淵記念館講座 「夏目漱石の『明暗』を読む」第3回/end

6/18(木)、賀茂真淵記念館講座「夏目漱石の『明暗』を読む」(全3回)の最終回を聴く。
 講師 折金紀男、朗読 余川千津子

湯河原温泉のある旅館(*)、ここで清子が流産後の養生をしている事を吉川夫人から聞いた津田由雄は、もはや彼女に会って直接話を訊きだすしかない、そうと思って出かけていった。
 (*)漱石本人は、『明暗』の連載を始める1916年の1月、リウマチの転地療養のため湯河原温泉の「天野屋」に滞在している。

由雄が付き合っていた(つもりの)清子が関と忽ちのうちに結婚してしまったあと、1年余、由雄はその訳が理解できず1人で悶々としていたが、結局分からないまま。
その間に、彼はお延と結婚している。
吉川夫人からは、男らしくない、(残る手立については具体的には言わなかったが)「分り切ってるじゃありませんか」と一喝。

清子の滞在する旅館に到着した夜、旅館があまりに広くて迷っているところで、ばったり清子と出くわしてしまった。由雄は清子に何のことわりもなくやって来たため、彼女は驚き蒼白い顔をして自室へ引っ込んだ。折金講師によると、清子の反応は今風に言えばストーカーに出くわしたようなもの。

翌朝、由雄は、旅館の下女を通じ、吉川夫人から預かった見舞い品に、お目にかかれますかとメモを付けて、清子に申し入れをしたところ、彼女の部屋へ呼ばれた。

今朝の清子は表向き冷静な態度だったが、昨晩、由雄はあそこで待ち伏せをしたに違いないと不信感を持っていた。
由雄は詫びて、ここに清子がいると知った経緯、会って話をしたいと思った訳を話せばいいのに、由雄の口調は理屈で清子の受け答えを攻める風となった。

由雄「貴女を驚かした後で、済まない事をしたと思った」
清子「じゃ(待ち伏せなど)よして下されば可かったのに」
由雄「けれども知らなければ仕方がないじゃありませんか。貴方が此所に入らっしゃろうとは夢にもおもいがけなかったので」
「此所」がこの旅館の事を指しているとしたら、折金講師が言う通り、この発言は由雄のウソである。
ただ「此所」が、昨晩出くわした場所の事だとすると、ウソと迄は言い切れない。しかし、清子に理解してもらうためには、まず何故この旅館に清子がいると知ったのか、そして何をしにここに来たのかを言わねばならないのに、由雄の言い方は妥当でない。しかも「知らなければ仕方ないじゃありませんか」という居直り、強要は頂けない。

清子からは矛盾を突かれる、「でも私への御土産を持って、わざわざ東京から来て下すったんでしょう」?
由雄はぐうの音も出ない、にもかかわらず、まだこう言ってごまかそうとする、「それはそうです。けれども知らなかった事も事実です。昨夜は偶然お目にかかっただけです」。
清子に疑われるた由雄は今度はこう言う、「だってわざとあんな真似をする訳がないじゃありませんか」
既に疑われている者の発言としては、全く意味がない。
清子「だけど貴方は大分彼処に立っていらっしたらしいのね」。
こう指摘されても由雄はまだ言う、「迷子になって、行先がわからなくなりゃ仕方がないじゃありませんか」。

その続き、
清子「私にはそう思えなかったんですもの」。
由雄「僕が待ち伏せをしていたとでも思っているんですか、冗談じゃない、いくら僕の鼻が万能だって、貴方の湯泉に入る時間まで分りゃしませんよ」「一体何だって、そんな事を疑っていらっしゃるんです」?
清子「そりゃ申し上げないだって、お解りになってる筈ですわ」
由雄「解りっこないじゃありませんか」

由雄の言い方は全く居丈高で、反省せす、このあとも清子に強要を続ける。
会話はまだ続くが、実際に会話は成り立たっていないのに、由雄はその事に気づかない。
そのうちに、由雄の清子への問い詰めは、昨晩は何故あんなに驚いたのかから、1年余前、何故貴方は私に何も言わず関と結婚してしまったのですかにズレ込んでいく。
由雄が計算ずくでそうしたのか、興奮してそうなってしまったのか、それは明らかではない。
由雄はそのあと、まだ、昨夜貴方は蒼くなったとか、硬くなったとか、そして、「昨夜そんなに驚いたあなたが、今朝は如何してそんなに平気でいられるんでしょう」とか、意味のない追及を続ける。

その間で清子は落胆し極く短くこう言っているシーンがある、「貴方はそういう方なんかだから仕方ないわ」。
「そういう方」とは、待ち伏せはするし、謝りもせず、意味のない事で人をいつ迄も追及する方、というように理解すればいいだろう。

全く会話がかみ合わないにも関わらず、由雄は清子の美しい眼差しを見て、口には出さなかったが、過去の出来事を思い出した。
「二人の間に何度も繰り返された過去の光景が、ありありと津田の前に浮き上がった。その時分の清子は津田と名のつく一人の男を信じていた。(中略)あらゆる疑問の解決を彼に求めた。」
由雄は彼女の眼の「輝きを一人で専有する特権を有って生まれたような気がした」。つまり、清子はあの時間違いなく俺のものだった、そう言っているのである。
彼は「目鼻立ちの整った好男子」で「何時でも其所に自信をもって」おり、「日本中の女がみんな自分に惚れなくっちゃならないような顔つきをしている」とうぬぼれる程の男だから、清子の眼差しについて、これくらいの勝手な思い込みはする。
逆に言えば、いつ迄もそんな具合だから、清子がそのあとすぐ関と結婚してしまった事に、今もって理解ができない。

そんな由雄は、清子に面と向かって今更ながらにこんな事を云う、「それは貴女の美くしい所です。けれどももう私を失望させる美くしさに過ぎなくなったのですか(?)。判然(はっきり)教えて下さい。」
対して清子は「どうでも構わないという風に、眼を余所へ持って行った」。
これ迄の会話で、清子には由雄に対し全く未練がない事、軽蔑に近い気持ち(*)を持っている事は明らかなのに、由雄はそれを理解しない。
 (*)例えば「貴方はそういう方なんかだから仕方ないわ」という言葉を思い起こして頂きたい。

旅館の下女がやってきて、清子に、宿泊中に親しくなられた客が「お午から滝の方へ散歩にお出でになりませんか」と言っていると告げた。
清子はこれ幸いと、「お供しましょう」との返事。

由雄の方は、清子のこの反応の裏にある心理に理解が及ばず下女に訊く、「もうお午なのかい」?
下女「ええ只今御飯を持って参ります」。
由雄は清子の方を見て、「貴女は何時ごろまでお出でです」?と問いかける。これは、一緒に昼食を食べませんか、という誘いでもあるだろう。
清子はこう答える、「予定なんかまるでないのよ。宅から電報が来れば、今日にでも帰らなくっちゃならないわ」。
つまり、由雄とこれ以上一緒にいたくない、そう清子は言っているのだが、由雄は清子の真意を解する事なく、「そんなものが来るんですか」と驚いている。
電報が来るかどうかについて、「そりゃ何とも云えないわ」、清子はこう云って微笑した。
津田はその微笑の意味を一人で説明しようと試みながら自分の室に帰った。

ここで『明暗』は未完のまま唐突に終えている。

清子の「微笑」が指すものは何か?
あの頃と全く一緒で、由雄という男は私の言った事の意味を全く理解しようとしない、そう呆れて笑ったのである。
折金講師は「憐憫」の笑いだと言った。
どちらが正しいかはともかく、清子が由雄と結婚しなかった訳は、この「微笑」の裏に籠められているのだろう。

本小説は、時代がガタガタと全体主義の方向へ崩れていこうとする時に、近代的個人主義の重要性について語り尽くそうとしている。
1914年、『明暗』の2年前、学習院で行った漱石の講演のテーマが「私の個人主義」だった事は多くの人が知っている。

この小説のもう一人の主人公は由雄の妻お延だが、きっと彼女も、いつか由雄から離れていくに違いない。
彼女はまだ古いタイプの女性で、例えば男尊女卑、男性依存を良とするなど、未だ封建制度の傾向下にあるが、彼女を近代の独立女性として育てるのが、『明暗』の続きで漱石がやらねばならなかった仕事だと、私は信じている。
 

〈参考資料〉
漱石が『明暗』を書いたのは、世界と日本がどんな時代だったのか。
以下参照。
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