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2026年06月14日13:00

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アンドリュー・ワイエス展/東京都美術館100周年記念~2 (加筆)

(続き)

◆第3章「ニューイングランドの家 オルソン・ハウス」

ワイエスは1940~68年の約30年間に亘り、メーン州クッシングのオルソン・ハウスと、そこに住むクリスティーナ(1893-1968),アルヴァロ(1894-1967)の姉弟を描き続けた。
2人をワイエスに紹介したのは、1940年、妻となったベッツィである。
ワイエスの夏の別荘の近くにオルソン・ハウスはあった。

進行性の病気(シャルコー・マリー・トゥース病)によって脚が不自由となりながらも気高い独立心を持つ姉クリスティーナと、彼女を支えるために好きな漁を辞め、農作業に転向した忍耐強い弟アルヴァロ。二人の人間性にワイエスは強く惹かれた。

《クリスティーナ・オルソン》(1947)
レポート~1の冒頭に貼付した本展チラシがこれである。
オルソン・ハウスの裏口に腰かけ、海からの風に髪をなびかせるクリスティーナ。この時54歳。
露わになっている細い腕と、スカートにくるまれながらその細さが分かる 病の進行した脚。
右(海)から射し込む陽射しと、クリスティーナの影の濃さ。この裏口のドアで生と死がまみえている。

翌1948年に最も有名な《クリスティーナの世界》が描かれた。(本展には来ていない。)
絵の中で野原を這って進もうとする後ろ姿のクリスティーナは、若く見えるが、この時55歳。
絵のクリスティーナが何をしようとしているのか、それは上に掲げた2つのリンクのうち後者を参照頂けたらありがたい。
難病のクリスティーナがこの姿でモデルを長く務めるのは困難で、その後、妻ベッツィが代わりを務めたと言われる。

《オルソンの家の終焉》1969
フォト

アルヴァロが1967年12月に亡くなると、姉クリスティーナは翌1968年1月、追いかけるように亡くなった。
翌1969年にワイエスは主のいなくなったオルソン・ハウスを訪れて、この絵を描いた。
屋根は苔で汚れ、煙突のレンガは崩れそうだ。
その屋根には2羽のツバメがとまり、季節の移ろいと供に飛び去っていくだろう。そして、その向こうには、アルヴァロが漁に出た入江が見える。
この建物はクリスティーナとアルヴァロの分身で、彼らの「記憶の容器」と言っていい。

第3章は習作が多いが、約50点のうちの殆どは埼玉県の「丸沼芸術の森」の出展。

次の第4章と第5章は写真撮影が許可されていた。
◆第4章「まなざしのひろがり」

ワイエスは、クリスティーナ・オルソンや隣人のカール・カーナーなど、同じ対象を長年描き続けたが、彼らのあとは、ワイエスのマネージャー兼プロデューサー役であった妻ベッツィにも隠してヘルガ・テストーフをモデルに、1971~1985年の15年間で240点も描いた。彼女はカール・カーナーの看護で彼の家に出入りしていて知り合う事となった。
当初、2人の関係は「世紀の密会」とスキャンダラスに報道された。

本展ではヘルガをモデルにした作品は習作が1点のみ。
《隠れ場》(1985)
微妙なタイトルではある。
フォト


同じ章の《美しき休息》(1991)は制作年からしてモデルはヘルガではない。

ヘルガ以降はより幅広いものをモチーフに絵を描くようになった。
自宅の周囲を散策し、自分の心に「カチッ」とスイッチが入る瞬間を探し続けた。

《乗船の一行》(1982)
フォト

本邦初公開。
メーン州の海岸近くにあったワイエスの夏の家。その窓からは光を反射する大型ヨットの帆が見えている。
窓の手前にある椅子には誰も座っていない。
つい先程迄そこで談笑していた人達は、ヨットに乗って海に出ていったのかもしれない。
ワイエス作品にあって「不在」は何らかの意味を持つ事が多い。

◆第5章「境界あるいは窓」

ワイエスが描いてきたのは、自分が良く見知る人や風景だったが、単にそれを記録するだけではなく、心に響いたある瞬間を絵にした。
そうした作品の根底に流れているのは、彼が抱き続けた「世の無常」なる死生観だ。
直接的に死を描いた作品は少ないが、生と死を隔てる「境界」として、窓やドア、水路に張った氷などが作品に登場する。
だが「境界」は生と死を断ち切り、対立するだけではなく、つなぎ留め連続させるものでもあった。

《ゼラニウム》1960
フォト

オルソン・ハウスの台所の窓を正面から描いている。
窓の中にはクリスティーナが育てたと思われる赤いゼラニウムの鉢植えと彼女の背中が見える。
赤いゼラニウムは生命の象徴で、車椅子に乗る事を拒み、這って生きてきたクリスティーナの強靭な生命力を想像させる。
暗い部屋の向うにはもうひとつガラス戸があり、海が見え、明るい光が射し込んでいる。
身体の不自由な彼女がいた部屋は閉ざされた世界ではなかった事を、ワイエスは主張している。


〈参考資料〉
中日新聞サンデー版
「アンドリュー・ワイエスの世界」
 制作 宮本直子
 執筆 高橋秀治
 発行 2026.5.24

NHK-Eテレ「日曜美術館」
『"境界"に寄せるまなざし アンドリュー・ワイエス』
 解説 高城靖之(東京都美術館学芸員)
 ビデオ出演 高橋秀治(豊田市美術館館長)
 …本展企画者。生前のワイエスに会い、メーン州の別荘に泊めてもらった事がある。
 ディレクター 佐藤憲正
 放送 2026.6.14
 
中日新聞サンデー版に高橋秀治の寄稿があったので、加えて貼付しておく。
フォト

 
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