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2026年04月22日11:00

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「チュルリョーニス展〜内なる星図」 / 国立西洋美術館~1

2日目4/16(木)、昨日の雨はうそのように晴れ上がった。
10:00前にチェックアウトを済ませ、一旦東京駅迄出て荷物をロッカーに預け、山手線で上野へ。
国立西洋美術館で「チュルリョーニス展〜内なる星図」を観る。

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・会期 3/28〜6/14

ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875-1911)

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リトアニアを代表する画家だというが、私はこれ迄一度も観た事がない。事前に特設サイトを見て、興味をそそられた。
絵画と音楽の2領域に才能を発揮し、19世紀末から20世紀初頭にかけて他に例を見ない作品を世に出したが、僅か35歳で亡くなった。画業は6年程だったが、300点以上の作品を手がけた。
祖国では生誕150周年展が開催され、国立西洋美術館はそれを引き継ぐ内容となっている。日本での回顧展は34年振りだという。
展示作品80点強は全て故国の国立M・K・チュルリョーニス美術館所蔵。
個人名を冠する国立美術館が存在するというのは、リトアニア人にとって如何に特別かを物語っている。

だが、彼が生きた時代、リトアニアという国家は存在せず、18世紀末以来ロシア帝国の支配下でリトアニア人は抑圧された生活を送っていた。

チュルリョーニスの芸術のスタートは音楽だった。
生まれたのは貧しい教会オルガニストの家庭である。9歳から音楽学校で学び、1894年には隣国ポーランドのワルシャワ音楽院に入学、ピアノ、のち作曲を学ぶ。1901年からはライプツィヒ音楽院でも作曲を学び続けた。絵画はアマチュア画家として嗜んでいた。
1902年(1904年説もあり)には絵画の道を本格的に志し、1904年、新設されたワルシャワ美術学校に入学。28歳の時である。
チュルリョーニスの画業というと、1903年頃〜1909年の6年間とされている。

一方、その頃ロシアは日露戦争(1904-05)に敗戦、第一次ロシア革命(1905/血の日曜日事件~)で国力が衰え、属国間では民族解放の機運が高まった。
チュルリョーニスはその頃、リトアニアの地方に存続していた民話や民謡,民芸といった民衆文化の再評価が国のアイデンティティ回復に大事で、それがリトアニア固有の芸術様式構築に不可欠だと考えていた。
こうした思想と行動が、彼の芸術作品の源となった。

1907年には第1回リトアニア美術展覧会を開催、その傍らで民謡の発掘,編曲にも注力、リトアニア芸術同盟やリトアニア合唱協会などを次々発足させた。
だが彼は民族主義一色に偏る事はなく、土着の自然崇拝からキリスト教、カミーユ・フラマリオンの天文学、時代を代表する精神主義運動である神智学、更にはヒンドゥー教やエジプト神話に至る国際的な思想潮流迄、広く柔軟に吸収していく。
結果、一民族を超えた普遍的テーマとして、人間存在や宇宙の神秘の問題を探求するに至る。

しかし、過度に過ぎた仕事と精神的緊張は、彼の傷つきやすい心と健康を次第に蝕み、1909年暮れに彼は病の床に臥す事となる。そして1910年、ワルシャワ近郊のサナトリウムに入院。ミュンヘン新芸術家協会の展覧会への出展招待が届いたが果たせなかった。
春を迎えた日の散歩で風邪をひき、それが肺炎を誘発、1911年4/10、チュルリョーニスは35歳の生涯を閉じた。

同じ時代を、リトアニアからバルト海対岸のスウェーデンで生きた女性画家ヒルマ・アフ・クリント(1862-1944)にも、芸術・思想によく似た展開が見られる。
昨2025年5月、私は東京国立近代美術館で彼女の大規模個展を観た。

以下レポート参。
��https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1990018184&owner_id=3341406&org_id=1990023350&from=neighbor_prev
��https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1990023350&owner_id=3341406&org_id=1990018184&from=neighbor_next

彼女の人生と芸術にも神智学が大きく影響した。チュルリョーニスよりも長生きした彼女は1920年に神智主義から分離独立した人智主義に転じ、画業ではカンディンスキー(1866-1944)に先んじて抽象主義的なものを描き始めた。
チュルリョーニスにも世紀末の象徴主義から抽象主義を橋渡しするような作品が多く見られ、今迄ヨーロッパの周縁として見逃されがちだった北欧の芸術動向が、近年注目を集めている。
チュルリョーニスの場合、これに音楽が影響していくところに独自性が見られる。


本展のチャプター構造は以下のようになっている。

・プロローグ
・第1章「自然のリズム」
・第2章「交響する絵画」
・第3章「リトアニアに捧げるファンタジー」
・エピローグ

◆プロローグ

チュルリョーニスの初期作品は失われてしまったものが多いが、象徴主義的な気分が色濃く漂うものが多い。

《森の響き》(1904)
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ワルシャワ美術学校入学の年の作品。
神秘的な森、林立する木々を竪琴の弦のように掻き鳴らす手が浮び上がる。
絵画と音楽、視覚的なものと聴覚的なものの融合が既に試みられている。

(続く)
 
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