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2026年04月08日23:40

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王谷晶 著『ババヤガの夜』

王谷晶(おうたにあきら)の小説『ババヤガの夜』を読む。

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本作は2020年「文藝」秋季号の特集「覚醒するシスターフッド」に発表された。
手持ちの文庫本の帯には「シスター・ハードボイルド」「シスター・バイオレンス・アクション」などの文字が躍る。

2025年、その英訳版が、世界で最も権威のあるミステリー文学賞の1つである英国推理作家協会賞(ダガー賞)翻訳部門を受賞した。日本人作品として初の快挙だった。
翻訳はサム・ベット(1986/ボストン)。彼とデビッド・ボイド共訳に川上未映子『夏物語』『ヘヴン』(国際ブッカー賞候補)『すべて真夜中の恋人たち』(全米批評家協会賞後補)などがある。

王谷晶は1981年東京都出身の女性作家。他に小説『完璧じゃない、あたしたち』(2018)、エッセイ集『どうせカラダが目当てでしょ』(2019)等。(後者は『カラダは私の何なんだ』に改題。)

タイトルの「Baba Yaga(ババヤガ)」とはスラブ民話に出てくる、森に住む妖婆,鬼婆の事らしい。

主人公の新道依子(22歳)は趣味が暴力,喧嘩。
北海道の外れで祖父,祖母に育てられ、遠い記憶の風貌からすると、2人は外国人のように思える。依子の髪は赤く、眼は薄茶色。祖父に徹底的に叩き込まれたおかげで驚く程立派な体格をしている。
原因は分からないが両親は不在。社会と上手く付き合う事は不得手のまま育った。

祖父母の死後、東京に出てきてアルバイトをしている中、複数のチンピラに絡まれ、彼等を打ちのめす。だがビール瓶で殴られて気を失ったところを、関東最大手ヤクザ「内樹會」の親分の家に運びこまれた。親分の娘内樹尚子(18歳)のボディーガードにと見込まれたためだ。
親分の邸宅の庭に引き摺り出されて更に蹂躙されても、そこでまた10数人のヤクザを相手にして殴る蹴るの立ち回り。
男性優位社会の典型であるヤクザを相手にした22歳の女性の生々しいバイオレンス描写にはつい気持ち好さを感じてしまう。

暴力,喧嘩が趣味だと言っても、自らその能力を好き勝手にふるう事は決してない。
「わたしからは(中略)喧嘩は売らない」、「ただし、売ってきたら倍値で買う」と。
途中は省略するが、やむを得ず依子はこの邸に住み込み、尚子のボディーガードを務め、車を運転して毎日大学やお稽古事に連れていく事となる。

親分は尚子を愛玩動物のように育てていて、まるで深窓の令嬢のよう。
依子に対し尚子は偉そうな態度を見せるが、彼女がヤクザの親許で、大勢の取り巻きの中、心を閉ざして生きている事が分かってくる。
実は彼女の母親(つまり親分の妻)は組の若頭と手に手を取って逃亡しており、コケにされたと怒り狂う親分は探偵や子分らを使って行方を追っている。見つかれば母親がどんな仕打ちを受けるか、尚子は分かっている。

異常な男性社会の中で孤立する2人は、次第に心を開いていく。
当初依子に殴られて手酷いめに遭った子分らは、スキあらば依子に復讐しようとしていた。
ある日、食事に薬を盛られ気を失った依子は、縛られ集団でレイプされそうになるが、尚子がそれを発見して追い払い、父親に報告。
手を出した子分らは、残虐な方法で始末される事となる。
その始末を行ったのは、過去に内樹親分の弟分として盃を交わした豊島組組長の宇田川だった。
実は、尚子は父の命令で、2年後に宇田川と好まぬ結婚する事となっている。
嗜虐的な性格を有し、こうした場面で宇田川は繰り返し登場する。

物語の中盤以降で、これ迄登場しなかった中年の男女2人が現れる。
この2人は、ある日交通事故に出くわし、乗っていた親子を救う。
その場面を野次馬のスマホで撮影された2人は、慌てて家に帰り、取材は拒否して閉じ籠るが、TVニュースにそのスマホの動画が使われてしまう。
何かから逃げているように見える2人。読者はこれ迄の展開から、尚子の母親と駆け落ちした元若頭と思い込む。
だが、ラスト近くでこれが、王谷が施したトリックだった事が分かる。

映画にせよ小説にせよ、暴力が描かれるフィクションの世界では、DVを受けたり、人質にされたり、レイプ被害に遭ったり、女性は被害者,弱者とされる事が専らだ。
そういう常識が罷り通る中で、新道依子のような女性はめったに見ない。
王谷は何故こうしたキャラクターを作り出したのだろうか。

彼女はインタビューに応えている、
「現実の世界もそれに近いのですが、せっかくフィクションを書いているのに、"そこ"をひっくり返す作品が少ないのでは、とずっと思って」いた。
「闘う女性」の登場にはいつも「エクスキューズが必要とされてきました。(例えば)夫や子供が殺されたといった、闘わなければならない理由が必ずついてくるんです。」
「男性キャラはそうでなくても許されるのに、女性が力をふるうには世間が納得できる理由をいちいち持ってこないといけない。」
「2020年代にもなって、そういうのはもうだせぇな、って。」

王谷は自身同性愛である事を告白している。
アウトサイダーとしても、マイノリティとしても、疎外され差別されてきた王谷は、暴力をものにした「強い女性」「純粋なエネルギーの塊のような」女性を『ババヤガの夜』の新道依子に託したのである。

私が依子の男共を素手で倒す暴力に痛快さを感じたのは、こうした背景からだったろうと思う。

加えて、この小説では、依子と尚子のシスターフッド(女性同士の連帯)がもうひとつのテーマとなっていて、それが次第に強いものとなっていく。どちらかが助け、どちらかが依存する(従属する)という関係ではない。恋愛でもない。

当初はヤクザの親分たる親の許、文句も言わずに結婚に向けた準備をしていた尚子だが、遂にそのお稽古事の1つだった弓道を使って父に反旗を翻した。
そして、尚子と依子は手を取り合ってヤクザ世界から逃亡する事となる。
「誰かの何か(役割)として生きるのは、無理だ」と共に認識し、2人は住居だけでなく、名前を変え、性さえも変え、自分らしく生きる道をそれぞれ血まみれになって切り拓いていく。
その姿は「ババヤガ」と重なっていく。

逃亡の果ての2人が、驚く事に、前述した尚子の母と若頭かと読者がミスリードした2人と、数十年の時を隔ててつながる事になるのである。

そして、ある暴風雨の夜、執拗に追い駆けてきた宇田川とその子分らと対峙する。姿こそ老いたが、その嗜虐性は表情に今も露わだ。


執筆 王谷晶
装画 寺田克也
発行 2023.5.20 河出文庫(河出書房新社)
 

〈参考資料〉
・文庫本「解説 クラッシュ&フリーダム」深町秋生
・Web河出 書評 宇垣美里 2020.11.30(初出「文藝」2020冬季号)
・HUFFPOST「強くてエネルギーの塊のような主人公を作家 王谷晶が描く"シスターフッド"小説の最前線」阿部花恵 2021.2.24
・好書好日 鴻巣友季子の文学潮流「ダガー賞翻訳部門受賞、王谷晶『ババヤガの夜』と日本小説ブーム」鴻巣友季子の文学潮流・特別編 2025.07.04
 
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