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2026年03月11日13:00

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「中村宏 アナクロニズムのその先へ」/静岡県立美術館��

(続き)

1951年に19歳で上京し、西武新宿線江古田駅近くに住居とアトリエを定め、日本大学芸術学部へ進学した。
大正時代末期からその辺りは「池袋モンパルナス」と呼ばれ、家賃も安く、多くの貧乏芸術家が住んでいた。

学生運動や社会活動が高揚する時期、中村は前衛美術会のメンバーと出会い、青年美術家連合に参加した。
そして、米軍の立川基地拡張反対運動のスケッチを基に描いた《砂川五番》(1955)は高い評価を受け、「ルポルタージュ絵画」の画家として知られるようになった。

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1枚目のチラシに印刷された《島》(部分/1956)もこの流れと見ていいだろう。「島」は言う迄もなく沖縄を指している。最奥には米軍の戦艦、その手前には滑走路。まだあちこちに爆撃の跡があり、キャンプのイメージが描かれている。島民が避難したガマ(鍾乳洞)には焼かれて真っ黒になった人骨も。
沖縄が返還されたのは16年後の1972年。変換ののちも沖縄は米軍基地の島で、県民と米軍との間で不条理な事件・事故が絶えない。

1950年代末からは左翼芸術運動と距離を置き、《階段にて》(1959-60)ではソ連の映画監督エイゼンシュテイン(1898-1948)のモンタージュ理論を応用、社会的主題と前衛的表現を結びつける試みをした。

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1959年、安保改定・ベトナム反戦の労働者・学生の請願デモ3万人のうち2万人が国会になだれ込む事件が起こった。映画『戦艦ポチョムキン』(1925)の階段のイメージがこれに結びついたのだろう。
本作で目立つのは中央奥から放物線状に並ぶ男子用便器だ。木下館長によれば、明治神宮の絵画館(聖徳記念絵画館)地下にずらっと並んだ男子用便器があるそうだ。そして、その右上奥にある赤いカーテンと絨毯は国会議事堂の玉座だろう。何れも戦前からの国家・天皇のイメージに連関する。
右手前にいる首が長く眼の大きな女性は、まだセーラー服を着ていないが、数年後にはセーラー服の女学生に変貌するキャラクターに違いない。

安保闘争を経た1960年代、中村の画面には、セーラー服の女学生、蒸気機関車、三方原台地など、少年期の記憶に結びつくモチーフが風景の中に入り込み、「政治の季節」を生きる若い世代の心を捉えた。

《場所の兆》(1961)
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60年安保闘争が収束して訪れた空虚な時代に描かれたのは、社会的事件ではなく、記憶から呼び起こされた三方原台地の風景だった。手前から奥へと広がった台地には繁茂する野菜、地上には真っ赤な積乱雲。分断された異様な気配。何かが起こる予兆。

2枚目のチラシに印刷された《ブーツと汽車》(1966)もこの流れで理解ができそうだ。
ブーツは太平洋戦争の軍隊と1960年代に流行したミニスカートのダブルイメージ。革特有の艶の持つエロティシズム。
乾いた三方原台地と軽便鉄道、満州と満鉄のイメージもそこに加わる。開拓を進めるに際し、広々とした三方原台地には通称「満州街道」が通された。

これらを中村は1962年に発表した論文で「観念主義絵画」と呼んだ。
「モンタージュ絵画」は特定の事件をモチーフから連想させるが、「観念絵画」は個別モチーフに特定性はなく、鑑賞者がその人の記憶の中に眠っている場所や風景を呼び覚まされて起こるものだと中村は言っている。

1964年には、中村は立石紘一(ペンネーム「タイガー立石」/1941-98)と伴に「観光芸術」という考え方を提唱する。
「観光」とは、文字通り「光をみる」事である。
人が見た外的世界の自然や物体は、彼の記憶の中に刻まれた内的世界の風景になる。これを「呪物化(メモリアル)」と中村は考えた。絵画は、その内的世界の風景をもう一度視覚化して生まれる。

「観光芸術」の表現のため、中村は様々な手立てを考えた。
例えば《円環列車A~望遠鏡列車》(1968)では、望遠鏡で見えた円形に切り取られた風景を、望遠鏡を使わずに肉眼で見た風景の中に配置する事で、「みる」事と絵画との複層的な関係を強く意識させた。
この作品で初めて集団で登場したセーラー服の少女達の眼は皆一つで、彼女らは何を見ているのか。
《円環列車A~望遠鏡列車》の画像と解説は、最初のレポートに掲げたリンクの2)の�,砲△襦�

1970年の大阪万博を頂点にして、1960年代末の日本では、科学技術や新素材を用いたテクノロジー・アートや環境芸術が注目を集める一方、石や鉄など未加工の物質を提示する「もの派」が美術界で台頭した。
こうした状況下で中村は、1967年に発表した「観念主義リアリズムについて」の文中で、材料やメディアの新奇性に価値を置く現代美術を、市場社会に回収される「芸術的ゴミ」であると批判。これは20世紀に西欧で生まれ諸々の芸術(レディメイド/反芸術etc.)から米国を中心に起こったネオ・ダダ(ジャンクアート/ハプニング/パフォーマンスアートetc.)へと至るモダニズムの進歩的史観に異議を唱えるものでもあって、中村は自らをアナクロニズム(時代錯誤)の画家として位置づけ、同時代性に迎合するのでなく、時代を超えて予見的であろうとする態度を明確にした。本展のタイトルはここから来ている。

(続く)
 
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