11.24(月・祝)に名古屋に出た主目的は、先にレポートしたように、愛知県芸術劇場大ホールでネザーランド・ダンス・シアター来日公演を観る事だったが、その前に、同じビル内にある愛知芸術文化センターを中心に開催されている国際芸術祭あいち2025「灰と薔薇のあいまに」を観て回る事とした。
愛知の国際芸術祭は2010年から3年毎に開催されており、今回は6回目、国内外から多数のアーティストが参加している。
・会期 9.13〜11.30
会場・場所は、この文化センター以外に、瀬戸市にある愛知陶磁美術館と同市の「まちなか」を使っている。
展開されるのは、国際的で多様な美術・工芸作品とパフォーミングアーツ、及び、それらに関係するラーニング・プログラムなど。
テーマは先に記した通り「灰と薔薇のあいまに」。
これは現代アラブの詩人アドニス(1930- /シリア)の詩から取っている。
戦争の惨禍を目の当たりにしたアドニスは、膨大な環境破壊を嘆き、だが、同時にその先に希望も見出そうとした。
人間と環境の間には深刻な問題が浮かび上がり、溝は深まるばかりのようだ。しかし、これを国家や領土,民族といった人間中心の視点からだけでなく、もっと幅広く考察すれば、芸術による信頼や補完の道を探れるのではないか。
「灰」は終末論、「薔薇」は楽観論、ついその二項対立に陥りそうだが、それに終始するのでなく、「あいま」に存在するニュアンスを大事にして世界を解きほぐしたい、と。
本芸術祭の芸術監督はフール・アル・カシミ(1980- /アラブ首長国連邦シャルジャ)。
多くの美術館や関連財団と関係し、2017年には国際ビエンナーレ協会会長も務め、世界各地の芸術の活性化に尽力している。
本芸術祭には62組のアーティストが参加。うち26組が日本。特にアジア、中東、アフリカ、中南米など、非欧米のアーティストが多く参加しているのが特徴だ。
五十嵐大介(1969- )によるキービジュアルはアドニスの詩の絵画化を試みたもの。
枯れ木に花は咲くのか
灰と薔薇の間の時が来る
すべてが消え去り
すべてが再び始まるときに
本芸術祭チラシ2葉。
さて、ここからは、一個人として興味深く観たものを何点かピックアップする。
《青い四つの手を持つ獅子》(2025) 久保寛子(1987- )
ブルーシートを多数つなぎ合わせて、2階から地下2階迄垂らした巨大なタペストリー。テーマは戦争と災害。破壊された街、難民キャンプ、原爆のキノコ雲、洪水による被害などが描かれている。
中央下には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と彫り込まれた広島の原爆死没者慰霊碑も描き込まれている。ただその上には黒い鳥が留まっている。
人類が手に入れてしまった圧倒的な力と負の連鎖。
獅子の4つの手は、それらを掌に弄んでいるようにも、また、仏像や偶像の祈りのそれのようにも見える。
《海流と開花のあいだ》(2019- ) ムルヤナ(1984/インドネシア)
毛糸をかぎ針で編んで作った造形。
海底近くに住むカラフルな海洋生物達。ところどころには白化したサンゴも見えて、海洋汚染にも目はつむっていない。生と死が織り交ざる世界。
《明日の収穫》(2017-18) 大小島真木(大小島真木+辻陽介 2023結成)
共に季節と年月を生き、互いに食べる/食べられるものとして関係を織りなす生命体の交響を表す。
山々から流れ出た水、人の死体から芽を出した草木、それらは「絡まり、もつれ、ほころびながら」原生動物や魚や諸動物の生を営み、生と死の連鎖はいびつながらも地球を循環する。
《土のエクリ》(2025) 同
釉薬を塗った陶による顔と、粘土製の鉢に入った作家の文章(エクリ)を融合させた不思議な造形。
上のエクリは伊藤野枝の『転機』(1918)。
下は坂口安吾の『土の中からの話』(1947)。
(続く)
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