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2025年08月11日15:20

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名古屋フィル、スペシャルコンサート

8.9(土)、名古屋フィルハーモニー交響楽団の特別な演奏会を聴きにいった。

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今年没後50年の記念年を迎えるショスタコーヴィチ(1906-75)は、ちょうどこの8.9、68歳で亡くなった。
そこで、名古屋フィルはこの日を「ショスタコーヴィチ・メモリアル」と銘打って定期外の演奏会を催した。
プログラムも、2曲ある彼のヴァイオリン協奏曲を一夜で演奏するというスペシャルである。
難曲として知られるこの協奏曲2曲を1プログラムで組むというのは、相当なチャレンジに違いない。
これに挑むのは、名古屋フィル首席客演コンサートマスターの荒井英治(1957- )。彼は今年、ショスタコーヴィチが亡くなった68歳を迎えた。

特別尽くしのこのコンサート、おそらくかなり以前に仕込み、準備を重ねてきたのだろう。

荒井は、1979年より新星日本響、1980年より東京響、1989年より東京フィル、各オーケストラのコンサートマスターを務め、現在は、ここ名古屋フィルと日本センチュリー響の首席客演コンサートマスター、そして東京シティフィルの特別客演コンサートマスターを兼任している。
室内楽では1992年、モルゴーア・クァルテット結成に参画、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲に取り組んで注目を浴びた。
荒井にとってショスタコーヴィチを演奏する事は特別の事らしい。

改めて、プログラムは以下の通り。

 指揮 高関健

ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第2番 嬰ハ短調 Op.129
 第1楽章 モデラート/ソナタ形式〜中間でカデンツァ
 第2楽章 アダージョ/3部形式の緩徐楽章〜中間でカデンツァ
      アタッカで休みなく次楽章へ
 第3楽章 アダージョ〜アレグロ/導入部付きロンド形式〜中間でカデンツァ

 〜休憩〜

シチェリドン 《ロシア写真集》より第2曲〈モスクワ中のゴキブリ〉
                 第3曲〈スターリン・カクテル〉
ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 Op.77
 第1楽章 ノクターン:モデラート/導入部付き3部形式
 第2楽章 スケルツォ:アレグロ
 第3楽章 パッサカリア:アンダンテ/主題と8つの変奏〜カデンツァ
      アタッカで休みなく次楽章へ
 第4楽章 ブルレスク:アレグロ・コン・ブリオ/ロンド形式

2番を先、1番をあとに演奏するというのは、頷ける。
古典的で思索的、端正な協奏曲形式を見せつつ、調性はあるものの楽譜に調号を書かない前衛的記譜法、オーケストラは打楽器を多用しながら室内管弦楽風の第2番。
対して、それぞれ特徴のある変わった4つの楽章を持ち、第1楽章では12音列に近づきを示すなど、自由で前衛的、情熱のほとばしる第1番。
前者は1967年の作曲、同年に初演。後者は1947-48年の作曲後、7年間も胸中に温め、スターリン死後の1955年に発表した。

8.9当夜、ギアを何度も上げて荒井が第1番のコーダを弾ききったあと、ホール中は猛烈な歓声と拍手で溢れた。
幾度もステージに呼び戻され、荒井は、やり尽くして充足し幸福そうな笑顔でホール隅々の客席迄礼をした。オーケストラの面々も床を踏み鳴らして彼の演奏を称えた。
アンコール演奏はしなかった。ショスタコーヴィチの協奏曲を2曲弾いて、アンコールは無理というものだろう。
指揮者とオーケストラが引っ込んだあとも、拍手はやまず、彼はステージに現れて礼をした。
荒井は今、東京音楽大学で教鞭をふるってもいるので、彼の教え子達かもしれないが、ホールには背中にヴァイオリンを背負った若い男女も数多く見受けられた。彼の人望の顕れだろう、そう勝手に想像したのだった。

この2曲、私の愛聴盤はオイストラフとムラヴィンスキー/レニングラードフィルのそれだった。いつの録音だったかはメモが残っていない。
ショスタコーヴィチは2曲共同世代(2年若い)の世界的名手オイストラフに献呈した。
第1番の初演は、1955年、まさにこの組み合わせで行われた。
第2番の方は、1967年、同じオイストラフとコンドラシン/モスクワフィルで行われている。
私の愛聴盤のオイストラフの演奏は、両曲共自由奔放で情熱に満ち、素晴らしく大きな音楽世界を構築していて、それがすっかり私の耳に焼きついている。

当夜の荒井の演奏をオイストラフと比べるのはどだい無理な話だが、第2番についてはかなり性格の異なるものになっていた。
前述のように私はオイストラフのそれが耳にこびりついてしまっているので、聴いた直後には、もっと自由に情熱的に演奏してもいいのではないかと感じたのだった。
だが、冷静になってゆっくり昨夜を思いおこしてみると、荒井の頭の中にあったのは、第1番と第2番の曲の違いを鮮明に打ちだす事だったのだろうと腑に落ちたのである。

コンサートのパンフレットに、荒井のコラムが掲載されている。タイトルは『私の中のショスタコーヴィチ〜ショスタコーヴィチのその瞳を見つめて』。
その冒頭にはこうある、
「ヴァイオリン協奏曲の1番と2番では趣きはかなり異なります。華麗でオーケストレーションでシンフォニックな拡がりを持つ1番に対し、古典的な協奏曲のスタイルに近づき、シンブルな伴奏に独奏が終始音楽をリードする形の2番です」。

荒井はかつて東京フィル時代に第1番をソ連(のちイスラエルに亡命)の名指揮者ルドルフ・バルシャイ(1924-2010)と共演した。
その時、無理を言って個人レッスンを2度に亘り受ける事ができたとの事。
バルシャイはショスタコーヴィチとの交流があった指揮者だ。交響曲第14番は彼が初演を行っている。
バルシャイはテンポというものに非常にうるさく、拘りがあった。むやみにテンポをゆらす事を戒めた。それはカデンツァであっても一緒で、厳格なインテンポを要求されたそうだ。
バルシャイによると、ショスタコーヴィチはオイストラフの演奏に必ずしも満足していなかったとの事である。
ポルタメントについてもロマ風になってはいけないなど、学ぶ事が大変多かったようだ。

荒井は当夜で、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番の演奏が5回に及んだ。
 

〈参考資料〉
『最新名曲解説全集10~協奏曲�掘抂羮縅唾� 他
 発行 1980年、音楽之友社

プログラム「名古屋フィルハーモニー交響楽団 2025.7~8/2025~26 SEASON 没後50年記念ショスタコーヴィチ・メモリアル 他」より
 曲目解説 一柳富美子
 コラム『私の中のショスタコーヴィチ~ショスタコーヴィチのその瞳の奥を見つめて』荒井英治
 発行 2025.7.11、名古屋フィルハーモニー交響楽団
 
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