4月の日経新聞《私の履歴書》はジャパネット高田明社長。
もともと稼業だった写真店から長崎地区一番手のカメラ店を目指し、ふとした切っ掛けからラジオショッピングをスタートさせて九州一から日本一へと今の原点を作り上げる。
新聞のコラムを読んでも、あの甲高い声は聞こえてこないが、奥さんとの二人三脚とご子息に会社を禅譲してから期待通りの活躍をする長男社長の書きようは、成功者ならではの自信がみなぎっている。
最終回前の今日の朝刊では倒産寸前だったJ2「V・ファーレン長崎」をわずか1年で再建し、J1昇格した奮闘をあっさりと綴っている。
《私の履歴書》を境に偉人に対してリスペクトを加えるおいらの個人的な傾向は、今月も同然だった。

ゴールデンウィークアート日記

『横山大観展』(東京国立近代美術館)★5.(コレクション展とともに)
いつの間にか絵画というものに興味を持ち始め、まずは誰もが新聞を開くとテレビ欄から読み始めるのと同じように、印象派の入門編に扉を叩く。
クラシックを聴き始めたときにモーツァルトとベートーベンとショパンから入るように、印象派はモネ、ゴッホ、ルノワール。
そののち、ポスト印象派を少しかじって現代アートの世界に飛び込み、結局、印象派に戻ってくる。
10数年のアート経歴は、所詮こんなもの。
日本画も避けていたわけではないが、能動的に展覧会をこなすことは洋画に比べて少なかった。
ところが、最近、東山魁夷や横山大観を鑑賞すると、何かしら感性の風鈴がチンチンと鳴らされる。
見向きもしなかった掛け軸にも、踏み込んで、ないしはメガネをずらして鑑賞している。
ひと言でいえば、歳を重ねていくうちに、おちついた日本画にも興味が湧くようになってきているのだ。
さらに歳を重ねると、書画骨董、壺やら陶器にまでアンテナを張り巡らすことになるのだろうか。
これまで爺さん、婆さんの専売特許と揶揄していた日本画展。
この日の大観展で、おいらがその存在に同化しつつあることを体感した。
本展のメインディッシュは40mにも及ぶ世界一の巻き物『生々流転』(重要文化財)。
作品の完成は大正12年9月、まさに関東大震災被災の日。
習作とともに展示となっているが、たっぷりと時間を掛けて眺めると吉。

マイベスト大観は大概、富嶽ものになるが、この『焚火』もお気に入りの一つ。
現在「前半」で5月8日から展示替えで「後半」が始まるそうだ。出品目録を見ると、3分の1は展示替えのようで、国立近代美術館のガメツさが透けてみえる。
さらにいえば、展示方法に難がある。
ガラスケースに閉じ込めた作品は、照明の調整に気遣いがないため、鑑賞者の姿かたちが作品に移りこんでしまう。
アンケートがあれば、一筆啓上もと考えたが、コレクション展まで鑑賞を続けていたら、滞在時間は優に2時間を超えて、腹が鳴るほど空腹に陥った(←ほんと)。
従って、今回だけは黙っておいてあげよう。首がつながったな、文化庁長官。

近代美術館の名が示すように、本質は現代アート。
草間彌生たんや、岡本バクハツ太郎の作品もコレクションとして所蔵。

大観一本やりではさすがに飽きもこようが、日本画コレクションも充実の美術館。
しかも、大観展を鑑賞した7割の鑑賞客は、このコレクション室の存在を知らない、あるいは興味ないらしく、1階の企画展に比べて相当に空いている。

近代美術館マイベスト『騎龍観音』(原田直次郎)。
護国寺所蔵だが、ここ近代美術館に寄託された重要文化財。
中島みゆきの名曲『銀の龍の背に乗って』のオマージュとされた作品だとか、そうでないとか。

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