「傷痍なき人生は恥」
この言葉を、わたしは療養中に人に聞いた。誰の言葉か、わたしは知らない。が、若いわたしの心を激しく揺さぶった言葉である。もし人が生を享けて、何の傷もその身に受けたことがないとしたら、それは果たして名誉なことであろうか。
人と人とのつき合いを見よ。裏切られる人間は常に真実な方である。つまり真実な人間は、人を裏切らない。裏切られるだけなのだ。
恋愛も真実こめての恋愛ならば、もし、それが破れれば、傷もまた大きく且つ深い。一つの恋が失われても、痛くも痒くもないとすれば、それはもはや、恋とは呼べない。そんな恋ならしない方がましだ。
歩いていて転ぶ時と一生懸命走っていて転ぶ時と、いずれが痛いか。いずれの傷が大きいか。傷は一生懸命に、真実に生たことのしるしだ。
無論、無鉄砲、無考え、不真実の故に受ける傷も、ないではないが。(綾子)
(三浦綾子『太陽はいつも雲の上に』)
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