多くの葬儀やお別れの会に参列してきたけれど、久しぶりに思いが深まった。
もったいない。
同級生の逝去を知ったのは同窓会のイベント企画を企んで、彼の力を借りようと思ったこと。
数年ぶりに連絡を取ってみると、帰ってきた答えは実のお兄さんからの「1月に亡くなりました」という訃報。
彼を偲ぶお別れ会が開催されると聞き、これも何かの縁。
そしてコミニュケーションモンスターの名に恥じないよう、参加の意思表示を返信した。
高校時代に目立つ付き合いがあったわけでもなく、深い出会いは8年ほど前に開催した《SNJプロム/34年目の後夜祭》と名付けた同窓会イベントにて。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1947483929&owner_id=8666179&from=list_diary_title
母校の教頭先生から、「俺たちの現役時代の体育祭のビデオが見つかった。何とかならないか?」という課題付きの連絡が入り、それではと、母校の視聴覚室を借りてビデオ鑑賞会を開催する。
その告知を同窓生に行うと、亡くなった彼から、

「地下アイドルのプロデューサーをやっているんだ。フリーでいいから、ひとり演奏させてあげていいかな」というリクエスト。
どうせ、おいら一人で仕切っているイベントゆえ、即快諾。
小さなLIVEでは、我々にとって娘のようなアーティストの歌声に、多くの同級生たちが笑顔で投げ銭を贈っていた。
彼との付き合いはその後、渋谷のライブハウスに招かれて、これがラスト。
今回の訃報に出会うまで、残念ながら会うこともできなかった。
お別れの会では、高校同級生の男子参列者がおいらしかいないと、親族から高校同級生代表の弔辞をお願いされる。
お願いされたことを断るような、失礼な人間として生きてはいない。
考える間もなく快諾。
しかし、快諾したのはいいけれど、参列者に語るエピソードがまったくない。
だって、高校時代、会話した記憶さえないのだから
お別れの会。
諸般の事情で若干の遅れで到着したけれど、ほぼ予定通りの次第で弔辞の時間がやってきた。前段には親族はもとより、80歳代を超える北海道からやってきた小学校の恩師や、もしかしたら中学同級生の弔辞もあったはず。さて、どうしよう。

「高校1年の時に同じクラスで、私と彼の出席番号が一番違い。スタートの席順は彼が私の後ろに座っていた」こんなエピソードを掴みにして、34年後の後夜祭での感謝を語る。
何かの噂で彼が数年ほどロンドンに行っていたということを知っていたから、リッチモンドやマスウェルヒルビリィの話題も加えてみた。
薄いエピソードだけど、笑いは取っていたし、そのあとの更なるつながりへと続いていったので結果オーライ。お役御免。
そのあとに弔辞を担当したSONYの元上司の話が素晴らしかった。
いや、素晴らしいのは彼の現役時代、そして退職、独立してからの彼の人生。
残念さが募ってくる。もったいない。そんな言葉が口をついて出ていく。
もっと彼と付き合っておくべきだった。
コミニュケーションモンスターの名が廃っていく。
もっと彼と話ししたかった。ちっとも話していないのに。
しかし、すでに彼はこの世にいない。なんということだ。早いよね。
そして彼がプロデュースしたアーチストたちの音楽祭。
何人、何十人という若者たちを救っていた。
そして愛されていた。
知らなかった。語りたかった。つくづく残念で仕方がない。
こんな後悔を二度としたくない。
やりたいことはやる。行きたいところは行く。
そして会いたい人に会い、逢いたい人と逢う。
お別れの会を機に、更なる人の輪が広がった。大切にしたい。
RIP
「あ、この人に何言っても無駄だ……」 部下が辞めていくリーダーが「よく口にする言葉」はこれだ
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=40&from=diary&id=8786438
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