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2026年04月20日11:00

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「テート美術館 YBA & BEYOND〜世界を変えた90s英国アート」~3/end

(続き)

◆第4章「現代医学」

1990年に開催された「現代医学」展は、アーティスト達が芸術、人間らしさ、身体と心との複雑な関係と向き合った画期的なイヴェントとして英国美術史でよく言及される展覧会だ。
地球規模の健康課題(グローバルヘルス)に医学が多大な影響を与える中で、人間の身体は何十年にもわたって多くのアーティスト達の創作のテーマであり続けている。医学や科学とそれらに対する倫理的ジレンマに関心を抱いた多くの作家達は、身体の不気味さやその根源を捉えようとした。生物学的研究や解剖学、病、そしてメンタルヘルスに関する探究から、苦痛を感じ混乱,錯乱の状想にある身体に至る迄、これら主題に取り組んだ作家達の作品は、我々の感覚,思考,想像を揺るがす力を発揮した。

1980年代から90年代にかけてのHIV/エイズ危機は、恐怖と社会的な差別や誤解がもたらすスティグマによって人々の関心の的になり、不安の感情を引き起こした。当時の英国の性に関する政治的特性を定義するにあたって中心的役別を果たしたアーティスト達は、エイズの影響下で生きるクィアの男性の生活の営みにおける率直な心の内,歓び,アイロニー、そして抵抗のあり方を示した。

デレク・ジャーマン《運動失調〜エイズは楽しい》(1993)
フォト

映画監督として(*)、また同性愛者の権利のための活動家としてよく知られているD・ジャーマン(1942-94)は、スレイド美術学校で絵画制作を学んだ。
本作のタイトルにある「運動失調(Ataxia)」は、中枢神経系が病魔に侵されると平衡感覚や筋肉の協調運動が失われる神経学的な症状を意味する。鮮やかな色彩が厚く塗られた絵の表面は、視力が低下したジャーマンが絵具を指で直接塗り伸ばした事を示している。
画面には" ATAXIA AIDS IS FUN "と指で書き込まれているのが分かるだろうか?
ジャーマンは、1994年2月、エイズに起因する疾患で亡くなった。エイズに関連して同性愛者に対し苛烈な差別が存在していた当時、皮肉やユーモアを交えて自身の病状を語る事は、極めて重要な政治的ジェスチャーでもあった。

(*)デレク・ジャーマンが監督した映画『カラヴァッジョ』(1986)を私は2010年に観ている。
以下レポート参;
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1410045859&owner_id=3341406&from=list_diary_search

◆第5章「家という個人的空間」

1990年代の英国のアーティスト達は、家族や家庭のあり方、そして、家に関する慣習的な表現のあり方に問題を投げかけた。
時代によって移り変わる政治,生活様式、社会的役割に抗った彼らは、しばしば家庭生活の混沌とした現実を展示空間に再現する事で、当時の消費主義社会や中流階級の人々の心理に一石を投じたのである。個人的で且つ政治的な意味を含み持つ日用品を多用する事で、アーティストらは、個人的空間が人生や価値観をどう形成しているのか、人々の関心を促した。
折り合いが付けられた家族関係、儀礼化した日常生活を見つめた作家達は、安らぎや親しみの空間と捉えられていた光景の生々しいイメージを正面から提示。家庭空間は、人間の弱さや不安、そして社会的な衰退が表出する最も親密な瞬間に出会う場として示したのだ。
また、別の作家達は、当時の「クール・ブリタニア」(*)が掲げるイメージとは相反し、皮肉とユーモアを交え、ジェンダーロールやメディアにおけるステレオタイプを批判すべく、他愛のない日常の光景やオブジェのイメージを攪乱した。
更に、平凡な家庭生活の認識に挑戦した当時の作家達は、急速に変化する社会の中、都市の再開発で消失する生活空間を証すものとして、慎ましいオブジェが新しい彫刻/空間作品として生まれ変わり、心に響く力を持つ事に関心を抱いた。

(*)「クール・ブリタニア」とは、1997年から政権を担ったトニー・ブレア率いる労働党(ニュー・レイバー)が「新しくて新鮮な魅力に溢れた創造的な英国像」を世界にアピールするために掲げたスローガン。

コーネリア・パーカー《コールド・ダーク・マター〜爆発の分解イメージ》(1991)
フォト

…本展チラシより。
この作品は、日常的に目にするものを大量に集め、時に変形させ、天井から吊るす彫刻作品で知られる女性アーティストC・パーカー(1956- )の初期の代表作。作品の原題にある「AnExploded View」は、「爆発の光景」と「分解図」の二つの意味を兼ねている。
パーカーがこの作品に取り組んでいた時期は、「ザ・トラブルズ(北アイルランド紛争)」と呼ばれた政治的な混乱が終焉に向かう最後の10年に当たる。当時は、アイルランド共和軍(IRA)による爆破事件が立て続けに起き、爆発に対する社会の関心が高まっていた。
そのような時代にパーカーは、英国陸軍に庭の物置小屋を爆破する事を依頼。(その依頼がよくも実現したものだと驚くが)その残骸を一つ一つ拾い上げ、空間の天井から紐で吊るし、中央に強い光を放つ電球を設置。このプロセスによって、小屋の断片は空間に浮遊しているように見え、爆発の瞬間を切り取ったかのようなイメージが作り出された。
パーカーにとって物置小屋とは、本来の意味を超え、秘密や空想を可能にする場所であり、物に宿る記憶を蓄積する場でもあった。爆破はそうした存在の消滅を意味すると言えるかもしれない。だが、展示された作品は、まさにその爆発の過程を経て生まれる新たな世界のイメージと考えられなくもない。パーカーは、この重力から解放された「彫刻」で、破壊と創造を同時に達成している。

◆第6章「なんでもないものから何かが生まれる〜身近にあるもの」

1990年代の多くのアーティストは、物質文化への関心を共有し、安価で手に入り易く、それ以前は芸術作品の制作に適さないと考えられていた日用品を素材として採用するようになった。それは作品制作における経済的な理由もあったが、作家達が現実の経験からは離れ過ぎていると感じていた、壮大なミニマリズムに傾倒する1980年代のコンセプチュアル・アートへの反動でもあった。
人間の経験と知覚を主題として探求しながら、当時の多くの作品は物とそこに含まれる意味との関係を考察するものであった。日常生活に直接関係するものをそのまま用いたり、予期しない大きさに作り変えたり、と、アプローチに違いはあれ、そうした作品は、通常見過ごされたり、日常生活の中に溶け込んでしまったりするものに対する人々の意識を刷新する力を持っていた。
また、他の作家達は、最小限の物理的介入により、極めてささやかな規模と方法で制作に取り組んだ。アーティストの想像力は極く小さな存在に対しても向けられ、芸術の可能性を拡げていった。結果、生まれた作品は、あまりに身近すぎて気づかれず、むしろそれゆえ圧倒的で非凡な魅力を放つ程に、自己消滅と消失の境界を漂っている。
「出来事や社会的な空間としての芸術」という考え方を示す多くの作品は、高価なものとしてよりも日常生活についての対話や思考の証として存在し、最もささやかな介入によって最も大きなインパクトを与える事ができるというアーティストの考察の証しなのだ。

マイケル・クレイグ=マーティン《知ること》(1996)
フォト

知覚,表象,そして物体との関係を探究するM・クレイグ=マーティン(1941- )の絵画は、鑑賞者に見慣れた物を別の角度から見るよう促す。鮮やかな色彩、明確な輪郭線を用いて見慣れた日用品を描いている本作では、ハシゴは消火器よりも、更に、消火器は懐中電灯よりも小さく描かれている。作家は、各モチーフの大きさを私達が知る本物のサイズとは矛盾するように描き変える事で、大きく描かれたものが手前にあり、小さいものが遠くへと後退して見えるように画面を構成している。
クレイグ=マーティンは、本作品について「全てがスローモーションになったかのように、自分自身が何かを理解する過程を観察できる作品を作りたい」というコメントを残している。
 

〈参考資料〉
NHK-Eテレ「日曜美術館」『テート美術館 YBA & BEYOND〜世界を変えた90s英国アート』
 解説 山田由佳子(国立新美術館主任研究員」
    ヘレン・リトル(テート・ブリテン現代美術部門キュレーター)
 ゲスト ホンマタカシ(写真家)
 ディレクター 松岡伸行
 放送 4/26、再放送


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