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2026年04月02日12:00

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木内昇著 『かたばみ』~1

木内昇(きうちのぼり/1967- )の550ページを超える長編小説『かたばみ』を読む。

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初出、2021年8月から2023年2月迄、北海道新聞,東京新聞,中日新聞,西日本新聞,神戸新聞に掲載。
単行本を出すに際し、加筆修正した。

戦中から戦後の困難な時代に、悩みながら生きていく家族と周囲の人々を描く。自分の心に素直に生きようとしながら、あちこちでぶつかり、萎れまた起ちあがる姿に、読者は時に笑い、時に頷き、そして泣かされる。

山岡悌子(ていこ)は岐阜の生まれ、がっしりとした体形の女子。男子顔負けの体力を持ち、当時は「男は男らしく」「女は女らしく」という固定観念から、幼い頃よりよく「男女(おとこおんな)」とからかわれコンプレックスも感じてきた。が、槍投げを学んで成長し、頭角を現し、将来はオリンピックに出たいと思う。しかし、1940年の東京大会は太平洋戦争のため中止となってしまった。
東京に出て体育専門学校で励んでいたが、肩を壊してスポーツからは身を引き、1943年、西東京の小金井で国民学校の代用教員となる。
太平洋戦争が始まって2年、個人より国家を優先する教育方針が現場では徹底されていた。
同年には山本五十六元帥が戦死、アッツ島の玉砕が起こり、学徒出陣の壮行会が行われる事となる。田畑や雑木林の広がる小金井でも、食糧,木炭・薪は配給、日常生活は次第に圧迫されていく。

悌子が親の反対を押し切って東京に出てきたのには訳があった。
よく一緒にキャッチポールをした神代清一(じんだいせいいち)という幼馴染み、彼だけは悌子の肩の良さを褒めてくれた。そのキャッチボールが、悌子の槍投げにおける成長にも寄与したのだろう。
清一は中等学校野球で甲子園に出場、早稲田大学野球部でもエースピッチャーとして活躍。その後、社会人野球チームに所属した。
清一が投げる野球をそばで見たいという思いが悌子の中で強く働いた。少女時代こそ意識しなかったが、自然に清一とは結婚するものという思い込みが膨らんでいった。

久しぶりで会ったのは早稲田の戸塚球場、学徒出陣を記念し、戦中最後の早慶戦がそこで行われたのだ。悌子は清一に球場へ呼び出された。
心配はしていたが、悌子はそこで清一から軍への志願入隊を告げられる。病気もなく立派な体格の清一を国が放っておく訳がない。
更に衝撃的だったのは、郷里の女性と結婚したとの話だった。相手は悌子と小学校で同級だった事もある、当時は目立たない、色白でか細い女の子。" 男性に守ってあげなければと思わせるような… "、とは、今となっては死んだ常套句。

ショックを感じて、悌子は小金井の下宿に帰る。
それでも悌子は帰郷しようとは思わず、教師を一生の仕事として自ら立つ決心をした。

小金井には中島飛行機の武蔵野製作所があった。
悌子のクラスの生徒達の工場見学、その帰り道、東京で初めてのB29空襲に遭遇する。まさか小金井が真っ先に空襲されるなどと、悌子も地域の人々も思っていなかった。
米軍からしてみれば、中島飛行機を叩いておくのは今後の戦況に大いに役立つ。
クラス顧問の男性教師は、全員を中島飛行機の敷地内にあった防空壕に戻すと判断し、皆を走らせる。
激しい爆撃の間に生徒の1人が弾の破片に当って死ぬ事となり、これは悌子の心の傷としていつ迄も残る事となる。
教師は生徒の命を預かる立場にあるが、教師に限らず、大人がいつでも正しい判断をして子らを導ける訳ではない。

悌子はしばらく立ち直れず、惣菜店(元雑炊食堂)である下宿の2階の自室から出る事ができない。
惣菜店店主は木村朝子(ともこ)、夫は戦地にあり不在で連絡がない、娘の智栄(ともえ)と姑のケイが同居。
しばらくすると息子茂生(しげお)が生まれ、朝子の実母富枝が夫を亡くし疎開にやってくる。
また、朝子の兄権蔵(ごんぞう)が仕事の帰りなどに時々加わり、下宿の部屋はいっぱいになる。
権蔵は生まれつき身体が弱くて徴兵されず、その日暮らしのような運搬業の手伝いをしているが、世をハスに見るようなところがある。
これら雑多な人達が、それぞれ本のページの上で立ち上がりものを言い、歩きだし、行動する、木下昇の小説の妙味。誰も都合のいい役割を与えられてそのために駒として動いているのではない。木内昇は綿密な設計図を書かず、登場人物に任せて小説を展開させていく。
悌子の失恋を耳にした富枝は、息子の権蔵を結婚相手にどうかなどと言いだす。ふざけているのか、悌子を慰めようとするのか。狭い家では小さな事も秘密にできない。助け合い支え合う。

国民学校の運動場で行われる竹槍の教練を見るように教頭から命じられる悌子。私が共に歩いてきたのはこんな槍ではないと思うが、口には出さない。
地域に駐屯する連隊の士官が、何かと怒号を発し、萎縮する生徒達。
こんなものが米軍相手に役に立つ訳がない、空襲を経験した悌子は思っている。
悌子は生徒達の前で、唯一自信のある肩の力で竹槍を投げてみせた。驚く士官。
子らは、教師の姿や行動をよく見ている。自分達の味方か? 信頼できる人か?

岐阜の両親は悌子に幾度も帰郷を迫る、結婚相手の候補も用意している、女は結婚するのが当たり前、いい歳になって独りでいるのは世間体も悪い、と。
教師として立つ志を田舎の親が理解すると思えず、ごまかし続けてきた悌子だが、そうばかりもできず、一度短期で帰る事とする。岐阜でも空襲があったと聞くし。
国鉄の切符は権蔵がどこかから調達してくれた。そういうところには才があるらしい。そして、満員電車で遠く迄女性一人が行き来するのは危ないとして、権蔵が付き添う事となった。

実家では、親戚迄集まり、父母は思った通り結婚の催促。悌子は、その場逃れで、結婚を決めた相手がいると口に出し、そばにいた権蔵を指さした。
うろたえる権蔵を悌子は押し留める。
親を置いて、悌子は散歩に出る。権蔵もついてきた。
数軒先に幼馴染みの神代清一の実家があり、そこで家事をしている女性を見つけた。泣き出した赤子を抱いてあやし始める。
清一が戦地に出ている事は両親から聞いていた。
悌子は思う、あれは清一の子か。悌子の胸は疼く。

(続く)
 
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