(続き)
中村には、初期(「タブロー論・テーゼ」/1958)から美術の根拠を「観賞」に置くという絵画観があった。
作者の制作行為だけでは創造は成立しない、物質としての絵画を鑑賞者が認知する事によって初めて絵画の創造性が立ち上がる。絵画を作家の内面表現やイメージの再現ではなく、作品と鑑賞者の間に生じる精神的交通=運動体と捉える姿勢は、その後の中村の制作を一貫して支える立脚点となっている。
以降はこうした「絵画と鑑賞」のテーマから発した様々なヴァリエーションだと言っていいだろう。
この考え方は、まず「みる」行為そのものへの関心へと中村を導き、《オペラグラス(1)》(1966)や《女学生に関する芸術と国家の諸問題》(1967)が生まれた。
下の画像はこの後者で、絵画の前にセーラー服を着たマネキン人形を置いた。マネキンの顔に張り付いた双眼鏡は1977年に付け加えられたもの。
本作の背景には、1966年に起きた英国の観光飛行機が富士山上空の乱気流に巻き込まれ空中分解して墜落した事故がある。
《似而非機械》(1971)は、中村の、見たものを記憶に留めようとする「呪物化(メモリアル)」欲望の一到達点である。
少女のセーラー服は金属めいたぬめっとした光を放ち、彼女の両手の先や顔は金属くずのようなものに変容している。
生身の人でなくサイボーグのようで、大阪万博から中村が受け取ったイメージか?または中村の金属フェティシズムか?
《女学生に関する芸術と国家の諸問題》と同様、彼女の首からは双眼鏡がぶら下がっている。
1970年代半ばから中村は「車窓篇」シリーズを起ち上げる。
カンヴァスという枠に窓を描き込む事で、二重の枠組みを設定し、平面の中に”内と外”を現出させ、鑑賞者の認識の中に、動きや時間を立ち上がらせようとした。
《車窓篇TYPE7(キャビン)》(1979)
カンヴァスに描き込まれた機関車の正面窓から、風の中を失踪する重たく黒光りする蒸気機関車の先頭部分が見える。
そしてのっぺらぼうのセーラー服の少女が、何人も、次々風に吹かれ猛烈なスピードで落ちていく。
1980年代後半になると、「タブロー機械」シリーズが始まる。
円弧など反復表現が1枚のカンヴァスの中に何段にも重ねられ、更にそうしたカンヴァスが並べて設置される事で、枠を超えた加速度が鑑賞者の目に飛び込んでくる。
《早来迎機-1~4》(1988)
「早来迎(はやらいごう)」とは、阿弥陀如来と二十五菩薩が、往生する者を迎えるため急峻な山頂越しに飛雲に乗って降下するさまを描いた来迎図の通称。
抽象的な絵図の連続からそんなイメージを持つ事もあり得る。
2000年代に入ると、「タブロー機械」の延長線上に「絵図連鎖」シリーズを中村は試みる。
《絵画連鎖・2》(2002-06)
任意に描いたタブローと過去に書いた自作から抜き出した作品とを意志的に展示し、中村は平面絵画に連鎖を試みた。
偶然の配置から新たなイメージが起ちあがる。創造性は描く側にのみあるのでなく、鑑賞行為との交感を通して完結する、と訴えた。
《4半面の反復(1)~(3),(5),(6),(8)~(12)》(2019)
中村は、過去の美術作品が1点で完結し、その1点に価値や権威が付与されてきたという伝統にも疑問を投げかけた。
レポート�,遼粗�に掲げた本展チラシの3枚目に、この反復画の部分が印刷されている。
そして2022年、90歳を目前にした中村は《空襲1945》などの「戦争記憶絵図」シリーズを精力的に制作。銀座のギャラリー58で公開した。
これらは空襲や銃後の原体験を捉え直し、現代に伝えるものであり、初期のルポルタージュ絵画、モンタージュ技法を更新する試みだとも言える。
これについては、�,遼粗�に掲げた3つの中村宏展のリンク、その3)から作品画像をご覧頂けたらありがたい。
約70年の歳月をかけて、中村は画歴の環を一周したようにも見える。
最後に整理のため、本展の章構造とその内容を極く簡略化して掲げておく。
第1章「社会へのまなざし」
…ルポルタージュ絵画、モンタージュ絵画
第2章「記憶の中の風景」
…観念主義絵画
第3章「セーラー服と蒸気機関車」
…観光芸術
第4章「絵画と観賞者」
…「みる」事とその展開
第5章「同時代芸術家との交流」
…1960~70年代、中村は、雑誌やイベントなどを媒介にして、美術界外の思想家,舞踏家,文学者,学生らとの交流を通し、表現と思想の幅を更に広げていく。特に深い交流があったのが澁澤龍彦,土方巽,稲垣足穂ら。
下は《微粒子的タルホ像》(1969)。
『機械学宣言〜地を匍う飛行機と飛行する蒸気機関車』(稲垣足穂,中村宏共著/1970.7発行)の挿画として制作された。
土方巽については、1968年に日本青年館で行われた暗黒舞踏派結成11周年記念「土方巽と日本人〜肉体の叛乱」の公演を中村宏が8mmカメラで撮影した貴重な舞台ドキュメント映像を観る事ができた。
展覧会の観客は、昭和時代にアヴァンギャルドだったおじさん,おばさんを予想したが、それだけでなく、尖った若者達も多く観に来ていて、中村宏の多層な人気に驚かされた。本展図録は売り切れてなかった。
静岡県立美術館だけでなく、各地への巡回を望んでいる人達も日本中に大勢いるように思う。
〈参考資料〉
・第33回館長美術講座「浜松のひと中村宏 セーラー服と蒸気機関車」
講師 木下直之
・図録『絵画者 中村宏展』
執筆 光田ゆり,中村宏
発行 2015.2 中村宏展実行委員会
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