なにをとち狂ったのかバレンタイン、いきなりの高尾山登山
ストイックな人生が一番似合わない自分なのに、599mの頂上を目指して登ることにした。
《高尾山口駅》(2015/隈研吾)
安かろう、悪かろう。
ダンピング的なビジネスが悪評を呼び、日本中隈さん化計画は終わりを告げる。
ところが、最近の隈さん。ただいま、吉祥寺学園初等部の建築ディレクターとして再起を目指している。完成は2027年春。入学しようかな。(←しない)
隈さんには、そろそろ冬眠から目覚めて欲しい。吉祥寺学園の竣工を楽しみにしておこう。
こちらは昔からの出で立ち《高尾登山鉄道・清滝駅》。
高尾山は2013年2月以来、13年振りの登頂。
当時の記録を見ると1号路→6号路という昇り降りを果たしているが、今回は1号路→4号路という選択に落ち着いた。
6分間のケーブルカーに乗って1号路からの浄心門。
男坂108段で煩悩を払い、高尾山薬王院。
本堂への参拝を済ませれば、あとは頂上へと一直線(少し曲がる)
快晴の日なた日和
599mを登り切ったご褒美に、曙亭のたぬきそばが嬉しい。
頂上の広場にはモンベルに包まれた完全なる登山者とともに、普段着のデートカップルの姿もちらほらと。チョコレートをもらった御礼に登山に誘ったのか、色男。
これは素直にありがたいことだけれど、さなえちゃんの毒舌のお陰様で中国系団体客は皆無。インバウンドは欧米系、東南アジア系のグループを見掛けただけで、すれ違う彼ら、彼女らのマナーがとても正しい。
旅行関係者には申し訳ないけれど、実はこの状況がとても心地よい。
高尾山。
実は学生時代、かなり普段使いの山だった。
時間つぶしに来たり、ちょっと黄昏したいときに登ったり。
ケーブルカーもリフトも動いていたけれど、これほどまでにミシュランするような山では決してなかったと記憶している。
高校後輩の部活動コーチをしていた学生時代、とても悔しい負け方をしてしまった翌日に登っていたこともあったかもしれないし、もしかしたら、そんなこととは違う感情を伴って登っていたのかもしれない。自分にとっての高尾山はそんな場所だった。
書棚に残る学生時代の日記を紐解けば、そのころの感情が真実として蘇ってくるけれど、それはやめておこう。
自分自身の記憶では、夕陽も沈みリフトの最終便に間に合わず1号路をかなり怖い思いをして下山した。そんな学生時代だったはず。
こんなことを考えつつ、4号路の狭隘にストックを衝きながら、ゆっくりと下山の途についた。帰りは当たり前のようにリフト利用。12分のノスタルジー。
たまには登山もいいものだ。但し、高尾山に限る。

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https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=32&from=diary&id=8667506
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