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2025年11月29日12:05

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国際芸術祭あいち2025「灰と薔薇のあいまに」~2

(続き)

炭坑記録画(1955-84) 山本作兵衛(1892-1984)
筑豊で生まれた山本作兵衛は7歳(かぞえ)で炭坑に入り、その後18ヶ所を転々、採炭員や鍛冶工員として渡り歩いた。
1955年に63歳で退職すると、夜間警備の仕事の傍ら、炭坑の様子を後世に伝えるため、絵筆を取るようになった。絵は学んだ事がなく独学。
92歳で歿する迄に、記録画(解説文付き)は1,000点を超える。
うち697点が、2011年、人類が共有すべき歴史的遺産として日本初のユネスコ「世界の記録」に登録された。
展示されているのは、生前、作兵衛が親類縁者に贈ったもの27点。

《母子入坑》(1974)
夫は先に坑に入り、妻は弁当や道具を持ってあとから入る。子を預けるには金が要るため、坑内に連れていった。作兵衛も弟を背負って母のあとについて入った。
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《低層炭 坐り掘り》(1973)
炭の層が薄ければ座って作業する。ひどいと高さ45cm程しかなかった。
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《ヤマの癌 食い違い》(1967)
掘り進めると断層にぶつかる事がある。こういう所では坑道の傾斜が段違いになり、湧水も多い。バッテラという竹ザルを使って石炭を移動させた。
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《ヤマ人と入墨》(1969)
炭坑労働の厳しさから、囚人を低賃金で雇う事がままあった。彼らは入墨をしている事が多く、入墨のない連中をバカにした。
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《ヤマの浴場》(1974)
明治時代(小さな規模の鉱山では太平洋戦争後迄)の筑豊炭坑は基本的に混浴。浴槽内で体を洗うため、湯は濁った。
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《明治ヤマの抗夫ナヤ》(1967)
坑夫に与えられた住宅をナヤと呼ぶ。部屋は四畳半と一畳半の土間のみ。先に作業を始めた夫は、入浴後酒を呑み、あとからヤマに入った妻は、風呂もそこそこに、屋外の流しで炊事を始める。
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リンチを行う坑夫らを描いた絵もあった。
生々しい描写と克明な解説文は極めて大事な時代の記録である。

《奪われた過去》(2025) ハラーイル・サルキシアン(1973- /シリア)
サルキシアンは、写真,映像,彫刻,サウンドなど様々なメディアを使って、記憶や歴史、共同体に刻まれた暴力や不在の表現を探求している。
シリア北部のラッカ、ユーフラテス川沿いに立つ博物館には、旧石器時代の石器や土器,陶器など人類史に重要な遺物が8,000点以上保管されていたが、2013~17年、この地を占領したISがその大半を破壊・略奪。残されたのは880点のみ。この事実を可視化するため、90点の行方不明の遺物を「リトファン」で再現し、48点を展示。
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台座に仄かな光で映し出される遺物は、まるで墓石のようでもある。

《4分間》(2023) バーシム・アル・シャーケル(1986- /イラク)
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これは2003年のイラク戦争での爆撃直後に目撃した空、大気、瓦礫、耳をつんざく爆撃音のあとに訪れた凍りつくような静寂などを描いた複数の絵で構成されている。大聖堂などの巨大な天井画を彷彿させもする。
シャーケルの作品は個人的な体験に基づきながら、集団的な無意識に刻まれた景色であり、イラクの近代史を見つめてもいる。
彼は言っている、
「これらの絵が描いているのは死ではない。爆弾でもない。爆発のあとの刹那だ。それは新しい始まりを示唆している。死は確かに存在するが、私は新たな人生を得た。私はまだ生きている」。
絵には、破壊と喪失と同時に未来への希望や生きている事の喜びとエネルギーが表現されている。
本芸術祭のテーマ「灰と薔薇のあいまに」を体現し、刹那を生きる命の儚さと尊さを感じさせる。
 
展示は愛知文化センターの10階から地下2階迄、多種多様で、興味は尽きない。レポートできたのは1割か2割か。
瀬戸市の愛知陶磁美術館と同市「まちなか」の展開も観てみたいが、11.30閉幕のため叶わない。
残念だ。
 
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