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2025年10月04日17:33

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映画『美しい夏』

10/2(木)、シネマイーラ浜松で『美しい夏』を観る。

フォト

チェーザレ・パヴェーヌ(1908-50/イタリア)が1940年に書き、1949年に発行された同名の中編小説が原作。
1950年にイタリア文学の最高賞「ストレーガ賞」を受賞。作家はその2ヶ月後、トリノ駅前のホテルで睡眠薬の過剰摂取により自殺した。41歳。原因は今も解明されていない。
女性監督ラウラ・ルケッティ(1969- /イタリア)が2023年にこれを映画化したのが今回観た『美しい夏』である。
彼女の作品はこれが初めてだと思う。

映画の時代設定は原作と同じ1938年。第2次世界大戦開戦の前年。
主人公がラジオの電源を入れると、おそらく同年8/18トリエステ統一広場でのムッソリーニの演説が聞こえてくる。
街中にはムッソリーニのポスターがベタベタと貼られている。

主人公は16歳のジーニア、19歳の兄セヴェリーノと一緒に田舎からトリノへ出てきて、同じアパートで暮らしている。
ジーニアは大きな洋裁店で雇われるお針子の一人。時間を見つけて自分のデザインした服を作り、店主に見てもらおうとするなど、誰かに認めてもらいたいという意欲が強い少女。
現代で言えばSNSで「イイね!」が欲しいのとあまり変わらないかもしれない。
一方の兄は、文学を志していたが、才能と現実が見えてきた上、学費も続かず、大学を休学して働くようになった。

ジーニアは積極的な一面もあるが、都会生活には馴染めず、オクテで恋人もいない。(16歳の少女をオクテと言うべきかどうか?よく分からないが。)
ある夏の日、彼女は兄に連れられ湖畔にピクニックに行く。集まった兄の友人らには画家の卵もいる。彼らはワインをラッパ呑みし、タバコを吸う。
そこへ、湖の向こうから小船で送られてきた女性がいる。
アメーリアと呼ばれる彼女は、船上で上着を脱いだと思うと下着姿で湖に飛び込み、泳いでこちらへやってくる。
男性らは大喜びで彼女を迎える。ガウンをかけてくれる男、ワインを手渡す男、ギターを弾いて唄う男、などなど。
アメーリアは驚いてボーっとしているジーニアに近づき、タバコを求めるが、ジーニアは吸わないので持っていない。
彼女は3つ上で19歳だという事が分かる。ジーニアは彼女の姿や行動に衝撃を覚える。

原作小説の出だしは「あの頃はいつもお祭りだった」。

後日、ジーニアは街角でアメーリアに出会い、カフェに誘われる。
アメーリアは老若の客に知り合いが大勢おり、彼らは皆画家で私をモデルにして絵を描いた事がある人達、と言う。
ジーニアは彼女の自信に満ちた様子に憧れを抱く。
優しい兄は心配して注意を促すが、ジーニアは休日など、アメーリアにくっついて出歩くようになる。

何日かして、ジーニアはアメーリアの仕事を見たいと彼女にせがむ、が、老画家のアトリエに入ると気おくれして逃げ出す。
外に出て窓の隙間から覗くと、アメーリアは画家の要求に従ってさらりと衣服を脱ぎポーズをとった。
彼女のように私もできるだろうか、ジーニアは自問するが、頭の中では首を振る。
今迄は、店が制作した衣服を客らに着せて、その姿を見るのが仕事のひとつだったが、モデルは衣服を脱ぎ、見られる立場になる。いつもとは全く逆だ。
ジーニアは窓際から走り去った。しかし、自分の姿も絵に描いてもらいたい、絵は時を超えて残る、そんな思いも心の奥にはあり、気持ちは揺れ動いた。

青春とは自分探しである。
16歳のジーニアには、アイデンティティ確立はまだ遠そうだ。憧れも不安も、嫉妬も嫌悪も、自由も孤独も、いわんや欲望も性愛も官能も、まだ整理できずごっちゃになっている。

別の日、ジーニアはアメーリアに連れられて若い画家らの共同アトリエへ行った。
粗末で暗いアトリエには複数の画家の卵がいて、彼らの中には、湖畔のピクニックで一緒だった男もいるようだった。
ロドリゲスという男はアメーリアを描いた事があり、これ見よがしにヌードの下絵を数枚出してきた。2人は馴れ馴れしく見えた。
ジーニアは同じアトリエのグイードという男を紹介された。
彼女は新たな世界に足を踏み入れた気がして夢中になった。
絵に描いてもらうというのは愛される事、そんな思いもあった。

しばらくして2人は肉体関係に陥る。
アメーリアはそれを肌で感じ取り、ジーニアには冷たい視線を向け、距離をとるようになった。
ジーニアは次第に洋裁店での働きに身が入らなくなり、遅刻が増えるなどしてとうとうクビになる。

アトリエを訪れると、グイードはいつも若者らしい性急さと荒々しさだった。
ある晩、グイードは言った、女の子は裸になるように生まれついているんだ。
若いグイードの思想か、時代が彼に言わせたのか。
ジーニアは思い込んでいた芸術と恋とに違和感を持つようになる。
彼女はアメーリアに会いたくなり、街で彼女を探す。

ようやく出会えたアメーリアはジーニアを林の奥へと誘った。
ジーニアがグイードとの関係の悩みを打ち明けると、アメーリアは軽薄な男達より女同士がいいと言って、ジーニアを抱いた。
ジーニアの身体の奥には気づきのようなものが芽生えた。
帰りにアメーリアは咳きこみ、ジーニアに心配された。
その後、会う度にアメーリアの咳は激しくなり、表情にも陰りが見えるようだった。

アメーリアは目を伏せて性病に罹患した事を打ち明けた。
ジーニアが翌日ロドリゲスを問い詰めると、オレはかかっていない、血液検査も受けた、アメーリアはつきあいが広いからな、とシラをきった。
ジーニアはアメーリアにちゃんとした検査と治療を勧めたが、ペニシリンの効果が発見されたのは1943年である。
アメーリアの表情は絶望的だった。

続いてきた夏の光景が突然冬に変わる。
ヨーロッパの戦局も象徴しているのかもしれない。
古いトリノの街に吹雪く雪、ジーニアは背中をすぼめて大通りを歩いていく。
大通りの向こうにはうっすらと病院が見える。

このあとに、音楽で言えば「コーダ」のような部分がある。
それは単なる夢か? 死の象徴か? はたまた死の淵からの復活か? 私には分からない。

冒頭の「序奏」と同じ湖畔。ピクニックらしき男女らがいる。
「序奏」と「コーダ」が映画をかっこで括っているような構造だ。
ジーニアはいるが、アメーリアはいない。
しばらくすると、背後の林の中から笑顔のアメーリアが現れる。
彼女が着ているのは、今迄の彼女に見た事もない、輝く程真っ白な衣裳。
周囲の男女は彼女に気づかないらしい。
アメーリアはジーニアに言う、「どこか行きましょうよ」。
ジーニアは微笑み、はっきりとした口調で答えて立ち上がる、「あなたの好きなところへ行くわ。あたしをつれて行って」。


原作 チェーザレ・パヴェ―ゼ 同名小説
脚本・監督 ラウラ・ルケッティ
撮影監督 ディエゴ・ロメロ・スアレス・リャノス
編集 シモーナ・バッジ
セットデザイン ジャンカルロ・ムセッリ
衣装 マリア・クリスティーナ・ラ・パローラ
作曲 フランチェスコ・セラシ

出演 イーレ・ヴィアネッロ,ディーヴァ・カッセル,二コラ・マウパ,アレッサンドロ・ピアヴァーニ 他

2023年/イタリア
 
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