同級生の御令嬢が宝塚退団を発表。
デビューの新人公演を大劇場まで応援しに行ったのが、もう10年も前になる。
瀬戸内国際芸術祭に初めて参加して、その脚で高速バスで三宮まで上り宝塚へと向かった情景が、当時の日記に認められていた。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1899792861&owner_id=8666179
6月引退で11年の歴史が終わる。お疲れ様でした。
いつも東京と宝塚を往復していたステージママの同級生にも「ご苦労様」を捧げたい
閑話休題。
今回のフラム塾。ゲストは金髪ジャーナリスト・津田大介
テーマは「芸術祭とサポーター」とあるが、注目は2019年に開催された《あいちトリエンナーレ》の不自由展顛末。
突然、あいトリの芸術監督に推挙され「受けなければ後悔する」と深く思い、就任を決断。
ちょうど、その推挙があった年に「イギリスEU離脱」「トランプ就任」という世界の大転換が起きたため、津田氏もテーマを『情の時代』とネーミングして、「分断」「差別」「ジェンダー」「表現の自由」などをアンチテーゼにした芸術祭の開催を思惑した。
時代は安倍政権の真っ只中。右寄りの人々の声が大きく聞こえてきて《表現の不自由展》は、「脅迫」という暴力的な行為により(一時)中断を余儀なくされた。その中心にいたのは、河村たかしという怪物。
本来、表現の自由が担保された芸術祭において、苦渋の決断をしたため、多くの海外アーチストが作品を引き上げてボイコット。
芸術監督の津田氏は、それこそ「(監督室のある)この6階から飛び降りたら、楽になるだろうな」とまで追い込まれたと語っていた。
香港の世界最大級現代美術館「M+」にあっても、中国共産党の目が光り、表現は不自由化しているという記事を最近読んだ。
ドイツのドクメンタにおいても、反ユダヤと思われる作品が公開を余儀なく中止した。
芸術だから何でも認められるものではない。右も左も心地の良い作品だけが、ステージに上がる。まるで、不寛容が謳歌する現代社会の藻屑。
観るか見ないかなどは、鑑賞者が判断すればいいことなのに、芸術祭に興味もない連中が声高に「作品をしまえ」「作品を焼いてしまえ」と煽情する。
まるで、戦時中の特高のような気味の悪い情景。
自分自身は差別は大嫌いだが、左寄り・右寄り、いずれも嫌い。
だから、あいちトリエンナーレ2019は行く気も起きなかった。
興行的には大成功。悪く言えば「炎上商法成功」だし、「デリカシーなしの芸術祭」。
とてもとても深い勉強会だった。
質問コーナーで聞いてみた。

「昨年のあいち芸術祭は”トリエンナーレ”というワードを意識的に排除していましたね。津田さんはどう感じましたか?」

「芸術祭に公金が使われている以上、イメージが重要で、前回”悪いイメージ”がついてしまったトリエンナーレを外すのは、完全に政治的な判断。呆れましたけど、英語表記には triennale は残されているんです。笑止ですよね。あと2回もやれば、トリエンナーレという言葉は復活すると思ってます。表現の不自由展も忘れられたころにね(笑)」
おいらなんて、中道の中心にいたはずなのに、安倍ちゃんの台頭で全体が右に寄りかかり、いつのまにか自分が左に動かされてしまっている。
すでに戦前となった日本。
やがて、戦争が勃発し、おいらは特高などという大衆迎合のつまらない一般ピープルたちに『非国民』として捕まってしまうのかな。
ま、どうでもいいや。
北川フラム塾。今年は皆勤賞を目指してみよう

宝塚宙組組長・寿つかさ退団発表、発足時から組長15年間 6・11トップコンビと同時退団
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=7276569
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