京都白湯ラーメンを美味しくいただいた。
細かく刻まれたネギが、麺を覆い隠すように盛り上がっている。
箸でかき分けながら一口すすり上げると、1つか2つ、小さなネギがのどちんこの右と左に張り付いた。

「ゲホッ

」
咳ではない。のどちんこネギに咽(むせ)ただけだ。
なのに、カウンターの右や左、或いはラーメン店のバイトちゃんまで「すわ、コロナ

」と、白い眼を向けてくる。
これがほんとの苦情ネギ
溜池山王のスペイン語スクール。
昨年から不定期に開催されている『絵画が語るスペイン〜美術から読み解く生活と思想〜』が好評で、今年1月からは『20世紀のスペイン、シュールな3人』(仮称)として、シュールレアリスム界の重鎮、ピカソ、ダリ、ミロを語るカルチャークラブ。
講師はスペイン美術史の第一人者・清泉女子大学講師の貫井女史。
実は昨年2度、17世紀絵画・ベラスケスとムニーニョの回に参加。
その際にリクエストした題材を、令和2年初弾に構えてくれたのに、1-2月は残念ながら欠席させていただき、今月シュールに初参加。
導入。
ミロ(1893-1983)は厳格な父との確執からようやく美術家を目指すに至った故、親からの支援を受けられずに、とても貧困な生活を余儀なくされていたということ。
極貧、空腹。意識的にも弱い人間になった中で幻覚として捉えた造影を描いた『アルルカンのカーニバル』(1924)が、皮肉にも彼のシュールレアリスム作品の代表作となってしまう。この1924年こそ、つまりブルトンが提唱した「シュールレアリスム元年」。
ブルトンをして、「もっとも純粋にシュールレアリスムの画家」と評価されている。
描かれている幾つかのアイテムを講師の独自解釈を加えてレクチャーしてくれるから、これまで全体像としてか知らなかった作品が、より身近に感じられる。
『耕作地』(1924)
世界の幼稚園児から好かれるシュール作家がミロ、そしてクレー。(貫井講師談)
なるほど、5歳のガキ、否、おぼっちゃま・おじょうさんまにはわかりやすいし、楽しいイメージが伝わってくる。
貫井講師はノートパソコンを駆使して、様々な素材をスクリーンに映し出す。
講義はその作品がどこの美術館に所蔵されているかということではなく、主題の解釈や背景が基本。
『月の吠える犬』(1926)
映し出された見覚えある作品の下に、ようやく判別できる《Philadelphia Museun of Art》のクレジット。
帰宅して書棚を探して見つけてきたフィラデルフィア美術館の所蔵品図録から、2点のミロが見つかった。
貫井講師レコメンド『Photo;This is the color of my dreams』(1925)
PHOTOと堂々と記されているが写真ではない。
青いもやもやは、ミロが観た夢のイメージ色。

「このようなモチーフで似た作品がマグリットにありますね

」
『イメージの裏切り』(1929:マグリット)
絵にはパイプを描きながら、その下に「Ceci n'est pas une pipe」のフランス語。
ね、裏切り者でしょ。
川オスの大好きなミロ作品がこれ。
『Dutch Interior(I)』(1928)

「オランダ画家の作品に感化されて仕上げた作品です」の解説のあと、スクリーンに本作は現れた途端、

「あっ

」と声をあげてしまった。
元ネタがわかったのだ。
アムステルダムのオランダ国立美術館で出会った記憶に深いこの作品。
『The Lutenist』(1661:Hendrick Martensz Sorgh)
この記憶と理解。もしかしたら、シュールレアリストになれるかもしれない。
たっぷりと85分。充実した時間だった。
おまけにピカソやダリについても、ダイジェストでレクチャーを加えてくれた。
もはや、おいらの高校時代にはありえなかった授業に臨む態度。
40年前の自分にみせてやりたい。
残された5分間。

「皆さんから、何か質問ありますか?」
質問しないことが損に思えるほどの貧乏性。早速、挙手をする

「岡本太郎とミロは知り合いですか?」
答えは内緒にしておく。知りたければ清泉女子大学へ入学するがいい。ざまを見ろ。
もう一つ、

「強い子のミロは、画家ミロをイメージしてネーミングしたんですかぁ?」
これはやめておこう。知能指数が低すぎる。
『20世紀のスペイン、シュールな3人』(仮称)★5.
■せきに視線、「花粉症です」=缶バッジ人気―新型肺炎
(時事通信社 - 03月10日 14:02)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=6003557
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