若人の生き甲斐が、壮年になっては、別の生き甲斐に変わり、また壮年時代の生き甲斐が年老いては通用しないものになるのでは、少しおかしいと思うのだ。
今までの自分の生き甲斐と信じていたものを捨てて、他の生き甲斐を求めねばならぬとしたら、人は一生に幾度も「生き甲斐」を失うことになるのではないか。
もしそのように、年代が移るに従って生き甲斐を変えねばならぬものだとしたら、それは真の生き甲斐とはいえぬものを、生き甲斐としていたのではないかと思う。
真の生き甲斐とは、健康の時も、健康を失った時も、仕事を持っている時も、失った時も、若い時も、年老いた時も、不変のものであらねばならぬ。
(三浦綾子『孤独のとなり』)
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