(承前)
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フェルメールの魔力に意識が遠くなっていた。
日本に寒波が襲来していたその頃、オランダでは太陽は出ないまでも雨も降らずに10℃を超える心地よい気候が続いている。
火照った身体を冷やそう。
やってきたトラムに飛び乗って、あてもなく最果ての北海を目指していく。
1月29日。
自他共に認める助平人間である。
ちなみに小中高時代の友人であったIくんの愛称は「ジタ」であるが、これは彼の舌足らずを揶揄したニックネームであることを誰も知らない。
おいらも知らない。
数年来の友人とはいえ、ジタのご両親からは彼との接触禁止令が発令され、今もなお解かれていない。
中学生のときは「息子(←ジタ)は受験だから、遊びに誘わないで

」と釘を刺され、春が来ると同じ高校へ通っていた。
高校のときはマージャンで彼の小遣いを吸い上げすぎて、「息子(←ジタ)は受験だから、麻雀に誘わないで

」と、3年前とほぼ同じセリフで叱られた。
しかし、この日記はジタの想い出を振り返る日記ではない。
先週、小学生時代の同級生(女子、但し、熟女なう)から、

「6年生の時、あんた(←おいら)にスカートめくりされていた

」と、カミングアウトされてしまう。
覚えていてくれて、超うれしい。
最近の少年は、スカートめくりをしてるのだろうか?
平成の小学生たちは、ニックネームはダメだし、何かとちょっかい出すのもダメらしい。
日本の将来が心配だ。
そもそもスカートメクラー(←おいら)には、めくるのが仕事で、かわいこちゃんのパンツを見ることはできないのだ。
おいらの近くにいる悪童たちが、常に歓喜を味わえる。

「他人が喜ぶことをしてあげなさい

」
父親からの家訓を忠実に守る小学生であったのだ(=偉い)。
主題に戻る。
トラムに乗ること、およそ12分。
"Kurhaus"で飛び降りて、この地のランドマーク『ホテル・クールハウス』
夏ともなれば、ヨーロッパの各地から避暑に訪れるバカンス客でにぎわうそうだ。
さて、冬の地に邦人1人、埠頭を渡る風に向かって歩いていく。
14時45分、やってきた北海
川崎オスカー、ついにスケベニンゲンに勃つ。
これぞ、まさに自分探しの旅の模範解答。
強風20m、比較的軽量(当社比)のおいらは、このままアイスランドの彼方へ飛ばされて行くのだろうか。
寒風に晒されるまま、北海の淵に立ってみたが、さすらうのはカモメばかり。
海辺に建てられた観覧車が寂寥を醸し出している。
ここから1kmも海辺を歩くと、ヌーディストビーチさえ在ると聞いていたが、1月の真冬にヌードになっているのはトンガ王国のスキーヤーぐらいしかいないだろう。
ピアモール。
客は中国系のヤングガール3人だけ。
レストランや土産物屋とともに並べられたピンボールマシンに€1を投じ、東洋人ここにありを見せつけたて進ぜよう。
観衆がいなくて助かった。
大日本帝国時代だったら、はしたない点数にハラキリものだ。
旅の恥は掻き捨て。
スーベニアショップで手にしたマグネットをレジへ差し出した。

「日本人かい?」
スケベ訛りのオランダ語で問いかけてきた。

「なぜ、わかる?」

「このマグネットを置いておくと、日本人が買って行く

」
強風が雨雲を連れて、みぞれ交じりの冷たい雨が落ちてきた。
コートのフードを頭に被せたのは、この旅で初めてのこと。
押尾学になった勢いで、もう一度、アムステルダムの夜を楽しもうか。
いや、よそう。また矢田になる
■女性専用車に男性3人居座り メトロ千代田線遅れる
(朝日新聞デジタル - 02月16日 20:11)
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