先週のシルバードラマ『やすらぎの郷』を今日、ワイフさんとイッキミした。
月曜日に肉親を亡くした者からすると、いささか辛いドラマのディティールであったが、学習することも、教訓となることも描かれていた。
余命幾日となった愛妻を見送る立場の「ちのやん」が石坂浩二演じる菊村先生に語る言葉が身に沁みる。
「先に逝く方(ほう)と、後に残される方。どちらが辛い?後に残される方がよっぽど辛いんだ。辛い方はオレが引き受けるよ。男だもんな。」
倉本聰の描いたこのテーマの終焉は、見事に美しかった。
理想。
7月盆に重なり未だに葬儀が催行されず、お陰さまで父の亡骸と永く対面できる幸せが続く。
自宅に安置できていたのは3日程度だった。
室温22度のクーラーを24時間動かし、葬儀屋さんが毎日ドライアイスを持参する。
それでもなお、お通夜が執り行われる日まで4日を残すため、葬儀屋さんに紹介された《ビジテーションホーム》へ、父を預けることにした。
《ビジテーションホーム》などと書いたが、誰にでも理解できる表現は《ご遺体ホテル》。
いわゆる暗くて寂寥な病院や公共葬祭場の『遺体安置室』で、葬儀までの日々を故人1人で過ごすのではなく、24時間人的管理されたホテル並みの個室施設に遺体を安置し、遺族は24時間希望の時間にその部屋を訪れ、死に化粧を施された故人と対面し別れを惜しむことができる。
公共施設ではなく、株式会社化された民間の施設。
『そうそう』・・・漢字で書くと「葬荘」、或いは「早々」。
「早々」つまり、手紙の結語に使用する言葉を、「人生の結語」と、たとえているそうだ。
話し好きの管理人さんに話しを聞いた。そもそも、おいら自身も話し好きだし、尋問好きでもある。
いわく、

「オープンして3年。
開設前から住民の反対運動が過激で、神経をすり減らしてようやくのオープンだった。」
それはそうだ。
ご遺体ホテルの立地は、多摩川に近い零細工場や住居、アパートが立ち並ぶ街なか。
人々の意識というものは、立場立場で変わっていくもので、今回利用させていただいている-それも、とても大切に父を扱っていただいており頭が下がる思いを持っている-おいらの立場と、
そうではなく、このような施設がいきなり自宅の隣や向かいに出来上がった住民たちの衝撃。
これは、葬儀場や火葬場、霊園墓場とも状況が重なっている。
いつかは誰もがお世話になる施設でありながら、いざ自らの暮らす範囲には入ってきて欲しくない。
ごみ焼却場、米軍基地、原子力発電所、そして最近は保育園や老人施設まで反対運動のトリガーとなりつつある。日照権を害するタワーマンションなんていうのもある。
反対する人たちの立場に立てば理解はできるし、いつ自分がその立場になるかもしれないのである。

「そこら中に《遺体施設建設反対》の幟が建てられ、工事車両が返される事件も起きた。
ミヤネ屋での採り上げ方は、ひどいもんだった。」
看板を出さない、宣伝を控える、などという条件を呑んでオープンすると、隠れていた需要が顕在化してクチコミや業界内で評判となる。
特に、マンションの住民や孤独死された人々の身内から、この施設利用の申し込みが殺到するという。
近隣にあった(設立前は反対運動に加わっていた)老人ホームまでが提携を申し入れてくる。
最近ではNHKやロイターが取材にやってきた。
反対運動は沈静化して、今は施設反対の横断幕が2枚、まるでここにこの施設があります。という道しるべのように住居に掲げられていた。

「ミヤネ屋はその後?」

「あれだけ叩いておいて、それっきり。取材申し込まれても断るけどね

」
いやらしい話だが、人間の死に関連する施設ができると、近隣の不動産価格は低下する。
寂しい話だが、これが事実。
利用させていただいている立場につき、この話題はこれまで。
“何を上から目線で論じてるんだ(笑)”安らかに眠る父に笑われるかな。

「また明日も来るからね

と、母。
さて、父を亡くしてから初めての競輪投票。
取り憑かれたように当たり続ける万車券
そろそろ税務署から連絡が入りそうな勢いである(当社比)。

玄海「再稼働反対」で海上デモ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4669979
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