次女ちゃんが「海外に行きたい」と宣言したのが昨年秋。
なんでも許すお父さん(←おいら)ですらビックリこいたのだから、家主のワイフさんの激怒ぶりは閻魔大王も逃げ出すほどの勢いだった。
これには一理ある。
すでにOLちゃんになって2年、真面目に働いていたし、それよりも英語を話すなんて夢のまた夢。
成人とはいえ、語学もまともに備わっていない娘を、独り旅立たせるのは理解できないと、ひと言。

「私も連れて行くならいいわよ

」
『次女ちゃん、海外へ行く』1度目のチャレンジは、見事に失敗したが、正月に再度の外遊宣言。
これには、あっさりとワイフさんも許可を出し、その予行練習にと夫婦香港旅行にコブ付きで出かけたのも記憶に新しい。
実は、1度目の宣言の後、近しい知人や友人たちに娘の行動を相談していたワイフさん。
その答えはことごとく、「若いんだから、行かせてあげればいいじゃん」だったという。

「考えてみれば、私だって若い頃、海外に行ってみたい、といつも思ってた。機会もお金もなくて諦めたけど、チャンスがあれば行っていた。心配だけど、止めるべきじゃないと気がついた

」
もちろん、リスクのある選択である。
しかし、リスクを乗り越えた人たちの話は常に感動するし、逞しいし、羨ましい。
多くのリスクを消し去っていくには、それまでの準備が重要なファクター。
コーディネーターと綿密な打ち合わせをして、いざ出発日の今日を迎えることとなった。
帰国は6週間後の今日。
ビバリーヒルズのシェアハウスで、異国の同世代と生活を共にする。
ところで、何しにいくんだ?
お父さん(←おいら)は、次女ちゃんが機上の人となった今もなお、その理由を知らない
17時成田空港のフライトに、10時川崎の自宅を出た
スイーツ食べ歩きができるからと同乗してきた三女ちゃんの案内で、成田ICの一つ手前、富里ICで降りて、地元有数のパティスリーでブランチタイム
《Patisserie de clementine ラ・クレマンティーヌ》
イートイン用のテラス席で4人、ストロベリー系のケーキに舌鼓。んまい。
ケーキを食べ終えて、黒マーチでわずか10分。
成田屋の総本山、成田山新勝寺へ初見参
海外へ旅立つ次女ちゃんの無事を願い、ゆっくりと1時間ほどかけて参拝した。
裏手にあった写経場で「御宝号」の10文字写経
雑念だらけのおいらの揮毫ときたら、とてもお見せできるようなものじゃない。
自ら選ぶ願掛けは「災難消除・大地安寧」。
ようやく余震も治まってきたようで、少しだけ願いが通じたのかなと、ふと思う。
写経場のある平和大塔には、市川團十郎、成田屋のいわれが展示されている。
初代、そして七代目。
いずれも男子跡継ぎに恵まれないと、成田山を訪ね祈願したところ、見事に二代目、八代目となる男子を授かった。これが、市川家と成田山の絆。
http://www.naritasan.or.jp/special/t00.html
成田空港は14時着。
食事をして、買い物をして、迫るボーディングタイム40分前。
搭乗掲示板下のいわゆる《KISS&HUG》。
ワイフさんたら、「次女ちゃんを抱きしめて涙を流す予定」(本人談)だったのに、2人の横をあっさりと「じゃ、あとはLINEでね」と声をかけて通り過ぎていった同年代親娘を見たら「冷めちゃった」

と、手を振るだけで見送った。
2時間後旅立ちを屋上デッキで見送ってやろうと思っていたのに、成田空港強風により出発時間延長のアナウンス

「帰ろ

」
あっさりと、速やかに。
結局、16時55分定刻のLA行きは、19時40分→20時45分→21時15分と次々と変更されて、21時16分、ようやく飛び立った。(以上、成田空港フライトインフォメーションより)
独りきりの次女ちゃんからも、ほぼ同様のLINEが入電されてきた。
頑張れ、ひとり旅。
フライトは心配ない。
問題は一つ。果たして、次女ちゃんはLAXのEXITゲートにたどり着き、現地コーディネーターと会うことができるのか。可愛い娘には旅をさせてみた。
■各地で強風、ビル解体のパネル落下 竜巻注意情報相次ぐ
(朝日新聞デジタル - 04月17日 13:39)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3951465
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