予告通りの小田原行。
旧友とは小田和競輪場での待ち合わせとしたので、こちらはJR鈍行でゆっくりと
ところが便利になっちまった湘南新宿ラインのお陰で9時30分には競輪場に到着し、10時の開門を待つじいさんたちに囲まれた。
ヒマな連中とともにスポーツ新聞を読むようなおいらではなく、ましてや1分たりとも無駄にしたくはない。
まずは『報徳二宮神社』へ参拝。
今日の小田原競輪と有馬記念が当たりますように、と祈願するつもりだったのだが、二礼二拍手しているうちに、結局はいつものように《お陰様》の御礼参りとなってしまう。
神頼みはしないけど、神に感謝は欠かさない。
鳥居の脇に鎮座する二宮金次郎の銅像。
メートル法をこの国に浸透させるために、銅像の体長はぴったり1メートル。
全国の小学校には同種の銅像が合わせて1000体も建てられていたそうだが、太平洋戦争末期、軍部からの「金属供出」の命により、全てが接収され、残った銅像はここの1体のみ。
マジにバカじゃないの?軍部。
竹槍じゃ、B29は落ないよ。
神社を抜けて、小田原城へ向かう。
極めて残念なことだったが、来年4月まで天守閣はお化粧直しで入城禁止。
小田原城が唯一の観光地であるここ小田原。
城が見られないストレスを抱えてしまったので、競輪がなければ小田原嬢を誘って、どこかへ出かけていたのにな。
1時間ほどの小田原観光を終えて、本丸・小田原競輪へ戻る。
ゴール前で雀友との30年ぶりの再会を懐かしむ暇もなく、お目当て山田英伸ラストランのレース締切が迫る。
買わない予定だった山田車券は、少しだけの友情車券。
競馬では温情レースは難しいが、そこは人間感情が左右する競輪レース。
神奈川の雄を2着に残すぐらいは、意外と簡単にできること。
声援に応えてヘルメットを外した山田選手の頭には相当に白いものが目立っていて、少々ショックだったが、彼は彼なりに多くの苦労を抱えていたようだ。
連複を少しだけいただいたが、次のレースでは落車した選手を軸に買って大損こいた。
時間には1分たりとも無駄にしない倹約家なのに、おかしなものだ。
ま、博打なんて、所詮そんなものだけどね。
2レースほど楽しんで、雀友とともに小田原の街へ出て豪勢に地魚海鮮を喰らう。
《SAKANA CUISINE RYO》★5.
何が素晴らしいって、ここのホスピタリティが凄い。
獲りたて新鮮な魚介類のネタによるドンブリや握り寿司中心の和食処。
『あなご天ぷらと地魚握り』
小田原城閉城と、小田原競輪惨敗、ついでに云えば有馬記念大惨敗の1日だったが、
旧友との再会と、《SAKANA CUISINE RYO》での舌鼓。
決して悪くはない1日だった。
のんびり帰途に着くと、ワイフさんから「温泉行くぞ

」の絶対号令。
いつものように黒マーチを駆って志楽の湯(横浜市矢向

)に浸かり、志楽亭で美味い蕎麦をほおばった。
大掃除に頑張ったワイフさんには、お疲れ様のご褒美で『獺祭・3割9分』を1合

「うん、おいしい。飲む?」
運転手+下戸のダンナ(←おいら)に向かって、盃を差し出す不始末。
大丈夫、飲まないから。
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