写真は前売券に付いていたカード。
2回目を観てから感想を書こうと思っていたが、結局我慢できずに書いてしまう。2回目観たら観たで、また書く予定。
初見の感想は、この映画を観ている間中感じていたことだが、なんとも大雑把なストーリーだなぁ(穴は目立たないが粗は多い)、キャラクターも類型的だなぁ、といったものだった。
昨日の日記に書いたことの続きになるのだが、この映画の監督が好きなロボットアニメって、エヴァンゲリオンを始めとするエヴァンゲリオンが影響を与えた90年代以降のロボットアニメではなく、さりとて80年代のものでもなく、むしろ70年代のものの中でも特に監督が子供の頃夢中になった古き良きスーパーロボットアニメなのではないか(当然、メキシコでファーストガンダムが70年代に放送されたとは思えない)。そう考えると、この映画の映像面での密度の高さに反して、ストーリー面での適当ぶりは納得できる。
ここで思い出すのが「マトリックス」のウォシャウスキー姉弟が作ったハリウッド版マッハGoGoGoである「スピードレーサー」のことだ。全米はおろか、原作アニメの故郷である日本でもヒットしなかったことは、映画会社ワーナーのトラウマとなって「パシフィック・リム」の宣伝に力が入っていないことの遠因ではないかとさえ言われている。
「スピードレーサー」は、何もそこまでしなくても・・・と思うほどにマッハGoGoGoの完全再現だった。渾身の力作であり、製作者が小さい頃に親しんだアニメに対する敬愛が画面から滲み出ていた。あれはまぎれもなくマッハGoGoGoそのものだった。
それと同じだと思うのだ。ギレルモ・デル・トロ監督は、子供の頃に見た古い日本のロボットアニメが好きだったのだろう。そして、その大雑把にしてダイナミックな魅力をそのまま再現しようとしたのだろう。ゆえに、観客もまた頭を切り替えなければならないと思うのだ。エヴァ以降の洗練されたロボットアニメをいったん忘れ、トップをねらえ!がぶち壊してしまったちょっと恥ずかしい熱血ロボットアニメのお約束を"あえて"楽しむ気持ちで観ることが、この映画には必要だと思う。
あと、子供の頃に好きだったものへの執着というと、「インディ4」におけるジョージ・ルーカスも連想させる。一般的に不評な映画だが、とりわけB級SFオチには非難が多かった。しかし、様々なインタビューから伺えるルーカスの「どうしても60年代のB級SFの再現をやりたかった」という熱意は、映画の出来とは別に肯定せざるを得なかった。ジャンル映画特有の、作り手と受け手の阿吽の呼吸による共通認識が生まれるためだ。作りたかったのならしようがない。見たかったのだからしようがない。たとえ万人に受け入れられる映画でなくとも、それは確かに良い映画なのだ。
一方、怪獣映画としては、強いて言えば怪獣別に個性を分かり易く見せて欲しかったというくらいか。この辺りの充実っぷりは、監督の目標が東宝・円谷特撮にあって、日本のファンが求めるところと一致しているからなのだろう。ナイフヘッドはギロンっぽいけど。
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