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2026年10月25日21:35

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「みほとけのキセキ��~三・遠・駿 神仏オールスター』展/浜松市美術館~1

2021年に浜松市美術館で開催された「みほとけのキセキ」展は高く評価され、2023年にはその「�供廚�開かれた。
過去のレポート
・「みほとけのキセキ〜遠州・三河の寺宝展」(2021.4.5~7記)
~1 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1978885972&owner_id=3341406&from=list_diary_search
~2 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1978889768&owner_id=3341406&from=list_diary_search
~3 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1978898541&owner_id=3341406&from=list_diary_search

・「みほとけのキセキ�供善鷭�・三河の知られざる祈り」(2023.10.30~31記)
~1 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986240011&owner_id=3341406&from=list_diary_search
~2 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986244041&owner_id=3341406&from=list_diary_search

共に遠州・東三河の仏像を紹介し、共通する仏教文化のありように迫った。動員数は��,�粁湘犬�3.7万人を記録した。
今回、浜松市美術館開館55周年記念としてシリーズその「�掘廚�企画され、対象エリアとして駿河が加えられる事となった。

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・副題「三・遠・駿 神仏オールスター」
・会期 10/10~12/6

出展全31点は、主に地域別に4つの章で構成され、うち駿河の仏像6点は第4章で紹介されている。
本レポートは駿河の仏像に限定して行う。

下は出展寺社の簡易マップ。静岡市は左上窓に描き加えられている。
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◆新光明寺別院 阿弥陀如来立像

新光明寺は広大な寺域を持っていたが、市街地開発の市意向を受け、1972~77年足掛け6年をかけてJR静岡駅近くから安倍川中流の西岸地域に移転。
その際、元の場所に一部を残す事となり、今はビルの7階に「別院」として入っている。マップに描き込まれているのはこの別院のみ。

宗派は浄土宗、開山は1232(鎌倉時代貞永元)年と1511(室町時代永正8)年の2説がある。
別院の本尊となったのが本展に展示された阿弥陀如来立像。
快慶(生没年不詳)の作風「安阿称様(あんなみよう)」との共通点が認められる秀逸な像で、1985年国指定の重要文化財となった。

写真は正面,横,後ろと半身のアップ。
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像高99.5cm、いわゆる「三尺仏」。
表面は肉身部を金泥、衣部を漆箔。
「安阿称様」は基本、地上の人の臨終に際し極楽浄土から迎えにくる時の「来迎印」を結ぶ。
頭体幹部は針葉樹らしい一材から彫りだしている。
頭部身体共にも割り矧ぎされ、内刳りを施す。水晶製玉眼は後ろから蛇腹の押さえ具によって固定。
胸部内には木造の五輪塔があり、水晶と思われる珠を嵌入している。
X線撮影写真参。
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五輪塔に珠を入れ釘で像内に直接固定する点は、奈良・東大寺の快慶作 僧形八幡神坐像と共通する。
衣の肩からの吊り方、垂らし方の表現は奈良・西方寺、快慶作 阿弥陀如来立像と共通する。
また襟元でたるみを作る点は京都・浄土寺の阿弥陀如来立像(1212年制作)など快慶晩期の作例と共通する。
これらから、本像は快慶の初期作風を意識しながら1212年以降に制作された、と考えられる。
但し、襟元のたるみは快慶本人に限らず、彼の周辺仏師・工房としての展開である事が明らかになっている点、加味要。
極端に幅広で切れ長な目、胸部から腹部にかけての肉付け量感等、他の快慶作例と差異が見られ、更なる検討が必要、と本展調査の結果をまとめている。

(続く)
 
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