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2026年10月05日18:51

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映画『ナギダイアリー』/深田晃司~1

10/1(木)、シネマイーラ浜松で深田晃司(1980- )の『ナギダイアリー』を観る。

フォト

本作は深田の一般公開長編映画として11本目になるらしい。
2016年に『さようなら』を観たあと、深田作品は全部観ようと思うと日記に書いた。

〈参〉「『海を駆ける』/深田晃司」(2018.8.15記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1967920779&owner_id=3341406&from=list_diary_search
   「『よこがお』/深田晃司」(2019.9.18記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1973018170&owner_id=3341406&from=list_diary_search

だが、改めて数えると、この『ナギダイアリー』は私の深田鑑賞5本目。(+初期短編『画ニメ ざくろ屋敷』)
2019年の『よこがお』のあと作られた3本を私は観ていなかった。
迂闊に「全部」とか宣言しない方が良かった。(笑)

映画監督・批評家の暉峻創三は『淵に立つ』(2016)における『深田晃司論』の中で、
「かりそめの平和な日々を過ごしていたカップルなり家族なりのもとに、ある日突然闖入者が現れることで物語が起動し、その表向き平穏な生活の裏に潜んでいた闇を暴きだしていく、というドラマ構造を持っている」と書いている。

北村匡平も、本作評『いろんな角度から—見ること、聴くこと、触れること』の中で「深田晃司の(これ迄の)映画では、しばしば外からやってきた人物が、共同体の内部に亀裂を入れる」として、初期の『歓待』(2010)、『淵に立つ』(2016)、から近作『LOVE LIFE』(2022)を例示している。
それは一種暴力的な構造である。
だが『ナギダイアリー』は従来と違う、北村はそう続けている。

私としては大変に理解の難しい映画となった。
幸いパンフレット(約130ページのぶ分厚いもの)に30ページに及ぶ台本がまるまる掲載されていたので、家でじっくり読むと、私の本作の理解は的から逸れていた事が分かった。
今回の作品は相当に文学的である。
文章を繰り返し読んでようやく嗅ぎとれる類の繊細な情感や微妙な人間関係が行間に潜んでいて、これを一回だけの観る行為で理解しおおすのは困難だ。

映画は日めくりカレンダーを2025年3月13日から21日迄9日間、1枚1枚はがすシーンを入れながら、タイトル通り日記のように展開していく。
説明は一切なく、単語1つ聴き逃せない7人の男女のセリフが静かに進行していく。

「ナギ」という町は抽象的な地名としてカタカナで書かれているが、実際にある岡山県山間部の奈義町の自然や環境をそっくりそのまま取り入れている。
インタビューに答えて、主人公の1人遠藤寄子(45歳)役を演じた松たか子はこう言っている、
「私たちが奈義で過ごした時間は、ほとんどそのままこの作品に収められています。映画作りのために装飾したところって、ほぼないんですよ」。
自然の姿は言う迄もなく、奈義の日本原(にほんばら)にある自衛隊の演習場、その特殊車輛が走る一般道、射撃訓練の音、防災無線放送での町民へのお知らせ、磯崎新が設計した現代美術館(通称Nagi MOCA)の姿と展示、多世代交流広場(通称ナギテラス)で行われるイベント、等々。淡々とした映像に寓意が入る余地は殆どない。

・3月13日(木)
映画の冒頭、この町へやってくるのは、石橋静河が演ずるもう1人の主人公坂下友梨(ゆり/36歳)である。東京からやってきたという意味では、部外者ではあるが、共同体に亀裂をもたらす暴力的闖入者ではない。遠藤寄子の弟雅人(映画には姿を見せない)の元妻で、離婚した今となっては、寄子との関係は義理の姉妹から解かれ、何ものでもない。ただの知人・友人と言うべきだ。
友梨は離婚後設計者として某建築会社に勤めているが、休暇を取り、彫刻家である寄子のモデルになるためナギへやってきた。はっきりとはしないが、おそらく寄子が友梨に声をかけたのだろう。

友梨が寄子の家にやってくる際、中学3年の2人の少年が絡む。
一人は東圭太といって、父親は自衛隊。自衛隊員は転勤族であって、5年前にナギにやって来たものの学校に慣れず、今は不登校となっている。唯一、同級の井口春樹と仲がいい。
松山ケンイチが演ずるその父井口好浩は町役場務めで、寄子とは同い歳の旧友同士。春樹の母、つまり好浩の妻は既に亡くなっている。
圭太と春樹は美術が好きで、寄子が地元で開いている絵画教室の生徒でもある。特に春樹は、休みの取れない父親の代わりに寄子に引率され、東京で行われた夏期講習に出かけた事もある。その時たまたまバイトでモデルを務めていたのが友梨だった。

あとから分かる事だが、春樹がその時描いたデッサンは、父好浩がひどく気に入り、自分の部屋に飾っている。そんな経緯があって、父好浩もまだあった事のない友梨を知っているような気持(憧れといった方がいいかもしれない)になっている。
圭太のスマホにも春樹からもらった依子のデッサン写真が入っていて、彼は旅行者の如くスーツケースを曳きながら歩いてくる友梨がそのモデル女性だと気づき、寄子の家に案内したのである。

改めて短い言葉で登場人物とその関係をレビューしようとすると、奇妙なところが多々あるのに気づく。が、深田晃司は、複数の人物の記憶とセリフを絡め、時間と多くの言葉を駆使してリアリティに富んだ脚本にしている。
冒頭に記したように、本作を文学的だと思った所以である。

これは小津安二郎(1906-63)のやり方に親近性があるかもしれない。それは過去の岡田の手法と相当に違う気がするのだが…。
元々この映画は劇団・青年座時代の師である平田オリザ(1962- )(*)の戯曲『東京ノート』(1994初演)から岡田は着想を得た。そして、平田は小津の『東京物語』へのオマージュの思いで『東京ノート』を書いたのである。『東京物語』では義理の姉妹の関係が物語の核になっている。

 (*)初の長編映画『さようなら』(2015)も平田オリザが原作だった。

(続く)
 
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