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2026年06月17日12:47

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賀茂真淵記念館講座 「夏目漱石の『明暗』を読む」第2回~1

6/11(木)、賀茂真淵記念館講座「夏目漱石の『明暗』を読む」(全3回)の第2回を聴く。
 講師 折金紀男、朗読 余川千津子

前回は津田由雄と、彼の会社の上司吉川の夫人との会話迄で終わった。
今回は由雄の旧くからの友人である小林と、由雄の妻お延の会話から。
小林は貧乏人の出で、由雄ら上流社会の連中をひがみ、叩いてやる機会を狙っている。由雄もそれを感じ取っていて、小林を嫌っている。

由雄は痔の手術で1週間入院する事となった。
彼は、自分の留守中、家に誰かが来て、妻のお延に余計な事(由雄の結婚以前の行状など)を入れ智恵するのを怖れている。
そこへ小林がやってきた。小林は朝鮮旅行に際し、由雄のおふるの外套を貰う約束をしていたのだ。
小林とお延は初めての対面。小林は一杯呑んで酔っているようだ。友人の留守中にその妻と初めて会うというのに、酔っぱらってくるというのは尋常でない。外套の件は、お延に会うためにこさえた理由に過ぎないのではないかという気さえする。

お延は外套の事は夫から聞いていなかったため、女中に病院へ電話させる事にした。
その間、小林はお延に、私はあなたが知らない結婚前の津田をよく知っている、あなたはそれを聞きたいでしょうなどと切り出す。
しっかり者で気の強いところのあるお延は、話を切り上げて小林を追い出そうとするが、小林はいろんなネタを使い、お延の神経を逆撫でし、彼女が知らない事が一体どんな事なのか仄めかす。会話は次第に諍いのようになる。
お延の方は、早く帰ってくれと言いつつ、小林が知っている事を聞きだしたい気持ちも沸いてくる。
「津田は私の夫です。妻の前で夫の人格を疑ぐるような言葉を、遠回しにでも出した以上、それを綺麗に説明するのは、あなたの義務じゃありませんか」
それに対して小林は「津田君は立派な人格を具えた人です。紳士です」と前言を翻し、何もしゃべらず、外套だけ貰って帰っていく。
小林がいなくなると、自尊心の強いお延は2階へ駆けあがり、夫の机に突っ伏してわっと泣き出した。

しばらくして、お延の脳裏に甦った記憶。
結婚後どれくらい経った時だったか、ある日曜の朝食後、由雄は2階から紐で縛った手紙の束を持って降り、庭でそれに火を点けて燃やし始めた。
お延が「何でそれを焼き捨てるのか」訊くと、由雄は「嵩ばって始末に困るからだ」とだけ答えた。
お延の方もそれが誰からの手紙か訊かなかったが、由雄も何も言わずただ「煙に咽る顔をお延から背けた」。
漱石の巧妙なエピソードだが、妻の見ている前での由雄の行動は理解できるものではない。
明治の女姓は、それ以上夫に追及できなかったのだろうか?

由雄の入院中、妹のお秀が病室にやってきた。その会話を見てみよう。
お秀は女学校を卒業した知的な女性で、由雄に似て器量よし。それを見込まれ堀という男と結婚した。しかし、堀の方は遊び人で、子供はいるものの、夫には不満を持っている。
お秀は、先日、由雄の留守中に小林が訪れ、お延と会話した事を知っている。
(現代では死語に近いが、お延とお秀の関係を「嫂(兄嫁)」と「小姑」と言う。)
由雄はそれ迄小林を軽蔑し「鼻の先であしらって」いたのに、その後怖れるようになった、お秀は兄にそう指摘した。
由雄は何故妹にそんな事を言われなければならないのか、と苛立つ。この話題が拡がれば、触れられたくない結婚前の由雄の行状が問題になりかねない。

お秀「兄さん、妹は兄の人格に対して口を出す権利がないものでしょうか。(中略)そうした疑を妹が少しでも持っているなら、綺麗にそれを晴らしてくれるのが兄の義務(中略)、少なくとも兄の人情でしょう。」
由雄「何を生意気な事を云うんだ。黙っていろ、何も解りもしない癖に。(中略)お前に人格という言葉の意味が解るか。高が女学校を卒業した位で(後略)」
更にお秀が理解より事実を問題にすると、由雄はこうも言う、「事実とは何だ。己の頭の中にある事実が、お前のような教養の乏しい女に捕まえられると思うのか。馬鹿め」

たとえ明治という時代だとしても、相手が妹だとしても、由雄の内に強い女性蔑視が存在する事が会話から分かる。
兄妹2人の会話は殆ど喧嘩に発展する。
お秀は、由雄を「兄さんらしくない」、そして「兄さんは嫂さんに自由にされています」、両親や「私などより嫂さんを大事にしています」と勘違いの方へ主張が展開する。
由雄は「妹より妻を大事にするのは何処の国へ行ったって当たり前だ」と反論。
お秀はとうとうこう言ってしまう「それだけなら可いんです。然し兄さんのはそれだけじゃないんです。嫂さんを大事にしていながら、まだ外にも大事にしている人があるんです」、「それだから兄さんは嫂さんを怖がるのです。しかもその怖がるのは——」
お秀がこう云いかけた時、病室の襖がすうっと開いた。そうしてそこに蒼白い顔をしたお延の姿が二人の前に現れた。

まるでサスペンスのクライマックスが到来したかのようだ。

しばらく時が経って、今度はお延とお秀、先に触れた嫂と小姑の会話。
兄妹と違って、この2人の直接の会話となると、急に当たり障りのない口調になるから可笑しい。

お延「一体一人の男が、一人以上の女を同時に愛する事ができるものでしょうか」
お秀は、女の私には分からないと的を外す。
お延「津田は女に関してどんな考えを持っているんでしょう」
お秀「それは妹より奥さんの方が能く知ってる筈だわ」
お延は、参考になるからお秀の意見を聞かせてと懇願する。
「大丈夫よ。延子さんなら大丈夫よ」と、お秀は逃げに入る。
お延が揚げ足をとり、大丈夫なんだったら、詳しい話を聴かせてよ、と要求すると、お秀「あら、あたし何も知らないわ」
先に書いた由雄とお秀の口論を知っている読者は思う、知っているくせに!

由雄と吉川夫人の会話は、第1回のレポートで、吉川不在時に彼の家で交わされた会話既に書いた。
今度は由雄が入院している病室でのシーン。
元々、由雄が婚前に付き合っていた清子は、吉川夫人が彼に紹介したのであるから、今度は突っ込んだ話になる。

吉川夫人は「貴方はその後清子さんとお会いになって」?と単刀直入に訊く。
由雄は会っていないと答える。
夫人は更に、お延は清子の事を知っているのかと問う。由雄はサラリと、知らずにいると思う、と。
夫人はそれに対し、お延はそこそこ感づいているのではないかと持論を言う。
そして、お延に全部話すのは私に任せてちょうだい、手立てはあるから、とも。

そして、夫人は由雄の内心の方に話題を換える、「貴方は清子さんにまだ未練がおありでしょう」?
由雄は否定するが、夫人は彼の足許を見て、次はこう訊く「貴方は何故清子さんと結婚なさらなかったんです」?
由雄が答えられないでいると、こう言い換える、「清子さんは何故貴方と結婚なさらなかったんです」?
由雄「何故だかちっとも解らないんです。(中略)いくら考えても何も出てこないんです」

由雄はこれ迄上辺を繕っていた皮を1枚1枚剝がされて、吉川夫人の前ではもはや真っ裸である。
清子はあっと言う間に関と結婚してしまった、訳が分からない、そうこぼす。
今迄、妻や妹の前では偉そうにしていた由雄の何と情けない事!

更に夫人から「始末はどう付ける気なの」?と問われ、「付けようがない」、考えても解らない、そう答えるよりない由雄。
「考えるのはもう已めちまったの」?と突っ込まれると、「いいえ矢張り已められないんです」
ついさっき否定したくせに、由雄が今でも清子に未練を持っている事が明らかになった。
「そんならもっと男らしくしちゃどうです」?
「男らしくするとは?——どうすれば男らしくなれるんですか」?
「貴方の未練を晴らすだけでさあね。分かり切っているじゃありませんか」

(続く)
 
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