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2026年06月01日20:00

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李琴峰著 小説『ポラリスが降り注ぐ夜』~2

(続き)

第2章「太陽花(ひまわり)たちの旅」は、香凜にフラれた「ゆー」が帰ったあとのポラリス。

台湾から観光にきた女性「怡君(イージュン)」は、三年前に来日し、今は博士課程で学ぶ女学生「文馨(ウェンシン)」を頼りにして新宿二丁目のバー「リリス」にやってきたが、強硬な旅程に疲れてカウンターに微睡んでいた。
文馨によると、「ポラリス」の前に寄った「リリス」もレズビアンバーだったが、「ウーマンオンリーだとやはり経営が厳しいみたいで、最近は男性客も入れるミックスバーになったの。まだ女が九割だけど」との事だ。

トランスジェンダー女性の怡君はそれを聞いて、「女性限定よりもミックスバーという在り方の方が(中略)しっくり来るように思われた。自分が男に恋愛感情を抱くことは恐らくないだろうと(中略)考えているが、かといって男と女の境界線を描けと言われたら、どこにその線を引けばいいか(中略)よく分からない。境界線が描けないところに無理やりその線を入れるという行為は、必ず誰かを引き裂く結果になるので、(中略)それがどうしても暴力的に思われた」。

第7章「夜明け」は、明け方五時頃のポラリス。

店主の夏子は、カウンターでうとうとしていたバイト女性の「東峰暁(ひがしみねあきら)」を起こす。電車はもう走り始めている。
暁は今大学に通っているが、中学二年の時クラスの女の子を好きになったのが性の目覚めだった。

暁を新宿二丁目に案内してくれた「さえ」という女子大生は、「それまで会った大人の女性達とは全く違うタイプだった」。
「フェミニンな格好をしているが女らしさを誇示するような嫌味を感じない、かといって中性的という言葉の持つ印象ともだいぶ違う。(中略)人の目を引く何かがあった。立ち昇る陽炎のように、不安定に揺らめくものに特有な儚さと魅力があった。高めの身長と、どこか落ち着かないような掠れ気味の声もまた印象に残った」。
やや訛った日本語を使っていた「さえ」は、のち台湾人だという事が分かった。深い関係になる前に、さえは台湾に帰ってしまった。

暁は彼女を思い出しながら夏子に言った、「最近思うんですが、私はほんとはパンセクかもしれないんです」。
夏子は新語に少し戸惑いつつ応えた、「最近、色んな言葉があるね」、「でも、ほんとに何でも名前をつけなくちゃならないのかな、って私最近、思い始めた」。
暁はそれに対し、「名前があった方が安心じゃないですか? 自分のことも知ってもらいやすいし」と。
夏子はおおらかな調子で暁に、「二丁目でバーを十何年もやっているとね、来た客が一人一人違うってのを段々分かってきたの。名前がいくつあっても足りないくらいみんな違うから、そんな簡単に説明されてしまうのって、いいのかなって」。

暁は夏子にも教えてもらい、卒業論文では歴史を遡り新宿二丁目をテーマとする事とした。女達は長く誰かの所有物とされ、歴史の影として生きる事を強いられてきた事を知る。
平成最後の冬が終わろうとしている今、そうした時代に比べればまだマシだが、今でも、LGBTの人達は子供を作らない、生産性がないと暴論を吐く政治家がいる。

暁は「さえ」の本名を知らなかったが、読者は第二章から彼女が「暁虹(シャオホン)」というトランスジェンダー女性である事が分かっている。
彼女は2014年、学生達が台湾立法院を占拠するに至った「ひまわり学生運動」に身を投じていて、怡君とその現場にいた。
ひまわり学生運動について、李琴峰は第2章で深く生々しく書いている。

占拠が続く台湾立法院の議場の中で、学生らは疲れ果てていた。
暁虹は怡君に話した、「女が好きだから、長い間ずっと自分を異性愛の男だと思っていた。周りもそれについて何も疑問に思わなかった。でも違った。私は女だった。二十歳になって、やっと気付いたの」。
しかし、「当時の怡君はまだそんなに器用じゃなかった。自分は女しか好きにならないと信じていた怡君だったが、女とは何か考えたこともなかった。だから元男の暁虹への気持ちは自身のアイデンティティを脅かすものだったし」、「元男でも紛れなく女であるという点において、怡君は考えが及ばなかった」。

実は第5章で紹介した中国人女性の「楊欣」は、1986年に失踪した父が「天安門事件」と深く関係していた。「天安門事件」について語る事は中国ではタブーである。
高校生の時それを知った楊欣はジャーナリストになる事を決心した。
だが、彼女の決心は「巨大な意志」の前では「何の力も持たず、吹けば消えてしまう灯のようにか弱いもの」だった。
楊欣は就職したテレビ局を一年後に辞め、「もっと真実に近づくことが許される場所で、思いっきり自由な空気が吸いたい」と日本へ渡る事にした。
楊欣が香凜と出会うのは、彼女の来日後である。
諍い時の楊欣の香凜に対する強い言葉の背景にはこうした事が存在したのである。
結局、楊欣はその翌日いなくなってしまう。
日本社会で楊欣は真実をどれほど訴える事ができたのだろうか。
彼女には帰る場所があるのだろうか。


『ポラリスが降り注ぐ夜』
 執筆 李琴峰
 発行 2022.6.10 ちくま文庫

〈参考資料〉
当文庫本「解説」
 執筆 桜庭一樹

『透明な膜を隔てながら』
 執筆 李琴峰
 発行 2022.8.25 早川書房
 …李琴峰初エッセイ集

BS-TBS「ドキュメントJ」5/17再放送『望まれない性を生きて〜臼井崇来人 闘いの十年』
 ディレクター 楢崎基弘(RSK山陽放送)
 初回放送 2024.5.29
 
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