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2026年03月29日12:00

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『HIMARI という名の才能~14歳のヴァイオリニストの現在地』~2

(続き)

2025年1月ニューヨーク、初めてのレコーディング。ピアノはチェルシー・ワン。
曲目は、2024年末にフィラデルフィア管弦楽団と演奏したワックスマンの《カルメン幻想曲》のピアノ伴奏版 他。
レコーディングに入る前に、カーネギーホールの隣に立つビルの38階にある楽器店(世界トップクラスの演奏家が頼りにする)でヴァィオリン本体の調整、そして弓の専門店で "毛替え" をしてもらう。彼女によると、「しばらく日本にいて、気候のせいか、開放感がなくなっちゃって…」。
番組は言わなかったが、楽器はストラディヴァリウス「ハンマ」(1717)。

2022年秋からHIMARIが通っているカーティス音楽院とは。
1924年、メアリ―・ルイーズ・カーティスが私財を投じて創設。
160人の学生に対して教師は113人いる。学生は2人の教師に学ぶ事もできる。
学費は無料。必要だと判断されれば、何年もいる事ができる。学生らにとっては何と豊かな環境だろう!
卒業者にはヒラリー・ハーン、ユジャ・ワン、ラン・ランなど。ヒラリーは10年在籍した。

フィラデルフィアで理学療法士(?)による身体のメンテナンス。カーティス音楽院と連携しており、これも学生は無料で受けられる。
療法士に1日何時間練習しているの?と訊かれ、HIMARIは8時間と答えていたが、日によってはもっとやっている様子だった。
カヴァフィアンの指導では、今日はこの5曲、明日はこの5曲という事もあり、時間が足りない、と。

そのカヴァフィアンが苦悩するのは、「14~18歳の間に起きる事はとても重要。身体が成長すると指も伸びる。
今迄の感覚が突然狂い、もがき苦しむ学生を何人も見てきた。"神童" から "偉大な音楽家" になる事は並大抵ではない。多くの神童がその過程で…。」
カヴァフィアンの身長は知る由もないが、HIMARIがカーティスに来た時、背丈は彼女の肩迄しかなかったが、今は超してしまった。
2023年1月、カヴァフィアンとHIMARI。
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2025年9月、カヴァフィアンの飼い犬と散歩する2人。
フォト

指も腕も変化している事だろう。

2025年3月、ベルリン。HIMARIに大きな重圧がかかっていた。
ホールに向かう車の中で、「焦るとどんどん思い通りに弾けなくなっちゃうから、できるだけ普段練習している時と同じような気持ちで…」と、彼女らしくない発言。
フィルハーモニー・ホールでベルリンフィルと共演するのはヴィエニャフスキ(1835-80)のヴァイオリン協奏曲第1番。
2014年から同楽団でコンサートマスターを務めるクシシュトフ・ポロネクは言った、
「作曲家ヴィエニャフスキは驚異的なヴァイオリニストでもあった。難曲中の難曲だ。
この曲の狙いは、あらゆる技術的な難題を詰め込み、それを自分が弾きこなせると世に知らしめる事。"ここが難しい" という程度ではない、演奏する上で考え得る困難の全てが曲中にある。私はこの曲を弾かない(笑)。そして、ここで一度もこの曲の伴奏をした事がない。ベルリンフィルがいつこの曲を演奏したかも定かでない。」

原田幸一郎「なかなか(初めてでしかも世界一のオーケストラとの)デビューで、あんな難しい曲はやらない。まず出だしから指を大きく開く10度和音の移動。とにかく勇気がないと弾けない。それをベルリンフィルと! 相当な覚悟があるんだろう。」

ヴィエニャフスキの最後の音を弾き終えたHIMARIの見事な勇姿。

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演奏会後、ポロネクは、技術から1歩踏み込んでこう言った、「彼女の音には心に深く振れる何かかがある。あんなに幼い少女が奏でているとは、言葉で言い表せない。驚きだ。」
指揮をしたセバスティアン・ヴァイグレ(当初はズービン・メータが予定されていたが、体調が悪く変更となった)は、「衝撃という言葉がぴったりだった。この曲を演奏すると聞いて、難解な曲を "13歳の少女がどう弾きこなすのだろうか" と思っていた。技術の完璧さがあらゆる面で際立っている上に、ビブラートなども活かして多彩な音色を表現していた。」

HIMARI本人は、舞台で貰った花束を手に、会場を背景に夜のベルリンの街を歩きながら、「幼い頃、プロを目指し始めた頃から、ベルリンフィルと共演する事が一番の夢だったし、それが、今さっき迄叶っていた事が自分でも信じられなくて…」と、如何にも解放された笑み。
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2025年8月、京都。14歳になったHIMARI。
「(日本と海外を演奏活動で行き帰した)忙しい1年、コンサートが15回くらいあった」と振り返る。
「ベルリンフィルと共演して一番学んだのは、後ろから迫ってきている感じがあって、ソリストとしてその前に立つにはエネルギーがないと無理だと感じた。」

京都市交響楽団との共演。指揮 ヤン・ヴィレム・デ・フリート。
演奏したのはドヴォルザークのロマンスOp.11。

(続く)
 
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