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2026年03月26日12:00

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戦犯弁護人 祖父が残した記録~4

昨日の日記のレポートでは、3.24(火)の中日新聞朝刊記事を前提に整理を行った。
ところが、翌3.25(水)の記事(以下の写真)で内容に変化があったため、それに従ってレポートも修正する事とした。

フォト


◆起訴された日本人3人
・少佐;准尉の上司。(現地憲兵隊の上官)
・准尉;憲兵として現地で治安維持に当った。
・通訳;インドネシア現地で徴用されたとみられる。裁判資料によると、(軍属ではなく)旧日本軍軍人として扱われている。

罪状;インドネシア住民複数に対する殺人、虐待致死。
起訴理由;1943年、インドネシア住民の手足を縛ったうえ、棒で強打し死亡させた。男性教師を棒か木刀で殴り死に至らせた。

尋問した証人;犯行を目撃した遺族。虐待に遭ったが生き残った被害者。
その証言;暴力を実行したのは通訳の男。少佐と准尉も現場にいた。

3人の弁護に当った岩瀬弁護士のノート(以下「岩瀬ノート」)の記述;「通訳は残虐行為をかなりやったらしい」。

◆罪状認否と言い分
・通訳;罪を認めた。
 同言い分;自分にだけ罪を被せ、上官が知らぬ顔をして責任を取らないのはおかしい。

◆国立公文書館蔵の裁判資料
・通訳;「憲兵准尉の命令で殴った。(部下としては)やむをえなかった」、「軍では命令に必ず従わなければならない。(命令した)上官が少しも責任を取らぬ法はない」。
・准尉;「命令した側には責任がない」。つまり、服従して暴力行為を行った部下に責任がある、との言い分。
・少佐;そもそも通訳は私の部下ではなく、指揮下になかった」。つまり、本事件には無関係である、と。

「岩瀬ノート」には、利害が相反する3人共弁護しなければならない立場で葛藤。苦悩の末、判断は裁判の判事に委ねる事とした、とある。
「裁判資料」には、岩瀬弁護士が「通訳,准尉のいずれかに虚言がある」と弁論したと記されている。
但し、いずれがウソだったかの判断はなされなかったようで、裁判資料はその結論に触れていない。

◆判決
・准尉;死刑。
・通訳;死刑。
・少佐;懲役10年。(求刑は懲役20年)

◆判決後すぐの発言(岩瀬ノート)
・准尉;「自分が犠牲になるから通訳が助かるようにしてくれないか」。
・岩瀬;判決が出たあとでは「時期が遅い…」。
・
◆3ヶ月後の発言(同)
・准尉;「俺を怒らせてみろ。まだ死ぬ人が何人もでるぞ」。
裁判を行ったオランダ人判事に対する証言(同)
・准尉;「少佐自らインドネシア人3人の首を切って処刑した」。つまり、唯一死刑を免れた少佐にも重い責任がある、と。

◆岩瀬弁護士の心境(同)
「准尉には困った。死刑を前にして血迷ったのか。いろいろ人のことをぶちまけている。彼の行動はよくない」。
「自分たち弁護人はどの程度で食い止めるかについて、寝食を忘れて苦心している。片っ端から(それを)壊されてはやりきれない」。

だが、判決後の准尉の諸発言が裁判にどう影響を与えたか、裁判資料には記述がない。

◆刑の執行
・通訳;判決の2ヶ月後(1947.9?)、死刑執行。
・准尉;判決の7ヶ月後(1948.2?)、死刑執行。
この記事を書いた中日新聞記者は、准尉の発言が判決後の裁判で検討されたため刑が延期されたと見ている。

◆岩瀬弁護士 死刑執行前日に准尉に面会(岩瀬ノート)
・「さすがに准尉もわび言を並べていた。今(となって)は(もはや)何もいう事はない」。

現在に至り、犯罪精神医学の専門家に聴くと、「極限状態で発言が二転三転するのは、死刑囚の心理としてよくある」との事。
 
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