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2025年12月04日18:20

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長嶋有 著 『トゥデイズ』

長嶋有(ながしまゆう/1972- )の小説『トゥデイズ』を読む。

フォト

主人公は立花恵示(40歳)と美春(35歳)夫婦、コースケ(5歳)という子供が1人いる。
コロナ禍の年、神奈川県R市の分譲マンションRグランハイツに移り住んだ。ローンの残債はまだ30年以上ある。
1〜5棟迄ある築50年7階建て、世帯数は500程。当時としてはモダンだった建物で、プールも付属している。ただ、修理工事が必要となり、今は入れない。

恵示はIT系のエンジニア、今はコワーキングスペースでリモートワーク。美春は旅行代理店を早期退職、近くのドラッグストアでアルバイト中。
家事と育児は2人で分担する事になっている。分担はまずまず上手くやっており、トラブルはない。美春は、持ち回りで、マンションの管理組合の理事も務めている。

小説は「1. 四月*日 美春」「2. 翌日 恵示」という章立てになっていて、語り手は、夫婦が交互に入れ換わっていく。
どこにでもありそうな集合住宅、家族、子供の成長、お稽古事、近隣や職場の付き合いなどが穏やかに語られていく。

R市では、立花夫婦が越してくる以前、2017年に連続殺人事件が起こった。
また、つい最近、このマンションで飛び降り自殺が起きた。美春は救急車のサイレンを聴き、6階の迫り出しから辺りを眺めやった。
しかし、共に日々の生活の一背景に収まっていく。

どちらか順番に、眠そうなコースケを起こし、熱を測り、朝食を用意し、着替えをさせ、駐輪場の自転車のチャイルドシートに乗せ、「しゅっ」と言うと、コースケが「ぱーつ!」と続ける。
飛び降り自殺の起こった翌朝、恵示はコースケの目に留まる事のないよう気を遣ったが、取り調べの警察官らに出会う事もなく、爽快に自転車を走らせ、幼稚園に到着する。

眼を覚ます迄の幼いコースケの様子、会話、駐輪場や街の風情。彼が日々あちこちで発見してはその度に質問してくる事がら、それらにどう答えるか、新鮮で時に驚きも満ちる。
子供についてだけでなく、こうした何でもない細部を、長嶋は疎かにせず、しかし大袈裟にもせずに描写していく。時に見出すきらっと光るものに、読者はつい心が動かされる。

小説に描かれる時間は4ヶ月ばかりだが、小学校を迎えようとする年頃の子どもの成長には目を見張るものがある。
容易に寝つけないコースケを諭す両親。そんな一節。

寝つかないコースケに恵示は「もう寝ないと」と語りかける。「うん」と素直な返事。
しばらく添い寝し、静かになったと見て腰を浮かせると、コースケは父の服の裾を持った。その「指には力が十分に宿っていた」。
暗い中、目をつむっていただけなのだろうか?
「寝ないとだめだよ」と優しく話しかける。
コースケは言う、「寝ないとどうなるの?」
「寝ないと朝がこないよ」
理解したかどうかは分からないが、コースケは黙った。

そのあと原文通りに引用すると、
・・・
その言葉でコースケが素直に寝るようになったかというと、そんなことはまるでない。だがその反射的な嘘を恵示はしばらく気に入って、寝かしつけの度に同じフレーズを言い聞かせた。今でも、嘘をついたとは思っていない。どんなに夜更かしで元気でも、コースケはいずれ寝る。それで朝が来ている。嘘ではない、たしかなのだから。
・・・

どのくらいのちだろうか。
夜九時を過ぎてもコースケはぬいぐるみと騒いでいた。
ここもなるべく原文のままコピーする。
・・・
「そろそろ寝るよ」
「えー、眠れないよ」
「でも寝ないと……」
「『明日がこない』でしょ!」
「そうだよ」(中略)
「明日がくるっていうけどさ。寝て起きたら、今日じゃん。だからずっと明日はこないんだよ。寝てさ。起きたらさ。そのときは今日って思うんだから」
(中略)自分も子供のころに思ったし、大勢が一度は思う典型的な理屈。明日は明日になったら今日。
(中略)コースケを撫でたくなった。
・・・

タイトル「トゥデイズ」、その複数形の訳である。


 執筆 長嶋有
 初出 月刊「群像」2023年8月号
 単行本発行 2023.10.24、講談社

 プロフィール
2001年『サイドカーに犬』でデビュー、文学界新人賞。(2007年映画化)
2002年『猛スピードで母は』芥川賞。
2007年『夕子ちゃんの近道』大江健三郎賞
2016年『三の隣は五号室』谷崎潤一郎賞。
 
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