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2025年11月14日14:00

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生誕100年 牧野邦夫展 / 美術館「えき」KYOTO~2 (加筆)

(続き)

・第2章
1966(昭和41)年、オランダに遊学、美術館でレンブラント作品他に触れる。その後ウィーン、パリに寄り、半年後帰国。
その後、小説を題材にした物語絵を描き始めた。ヨーロッパで神話画や宗教画を観た事がきっかけとなったのだろうか。

《奉教人の死(芥川龍之介作品より)》(1969)
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《ジュリアーノ吉助の話(芥川龍之介作品より)》(1970)
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芥川の小説『奉教人の死』(1918)、『じゅりあの・吉助』(1919)のクライマックスを劇的に幻想的に描いている。
また、牧野の生涯のもう一つの重要なテーマ 裸婦を描き始めた。
後者では人や悪魔,妖精が群像として描かれていて、ボスやブリューゲルを想わせる。
バロック絵画でよく用いられる緞帳をモチーフとして採り入れ、舞台のような場を作りだしている。緞帳を支えている小さな人物は牧野自身らしい。

制作時期が遡るが、レポート~1の冒頭に貼付した展覧会のチラシに印刷されているのは《屋上の邪保(じゃぼ)》(1966)。
「邪保」とはサタンの事で、龍之介の『きりしとほろ上人伝』(1919)に登場する。邪保は、欧州遊学以前の1957(昭和32)年頃より、神に見放されたものの邪悪になりきれない孤独な存在として、牧野作品に現れている。
尖った耳、手には血の付いたナイフ、目からはサタンらしくない涙、背中に生えた大きな翼には様々な表情をした老若男女が描きこまれている。
光と闇のコントラストはいかにもバロック風だ。

・第3章
牧野は「月刊美術」(1978.12月号)に「私は何でもかける様に自分を訓練した。だから私は女男、風景動物、お化けだって何だって描ける」と豪語した。
50歳代の牧野はこの言葉の通り、あらゆるものを自由に描き、様々なモチーフを巧みに組み合わせ、写実表現によって幻想的作品を次々発表した。

《海と戦さ(平家物語より)》(1975)
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縦1m、横2mの大作。
『平家物語』の「壇ノ浦の合戦」を基にして牧野は幻想を膨らめた。
画面右上には「先帝身投」の一節が文字で書き込まれ、安徳天皇などの名は金文字にしている。
中央上の船上にいる白い着物をまとっている2人の女性は二位殿か。その下、波に呑み込まれようとする赤い着物の女性も、異時同図法による二位殿ではなかろうか。
矢を射ようとするギリシヤ風の肉体を持った同じ青年もあちこちにいる。
彼の髪は長く現代風。右下にいる青年が持っている長剣はどう見てもヨーロッパのそれ。敢て時代も和洋も混交させて幻想味を濃くしている。

《インパール(高木俊朗作品より)》(1980)
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太平洋戦争最悪のインパール作戦のイメージを、高木俊朗(1908-98)の小説『インパール』(1949-69)から得て描いた。
激しい白熱戦、飢えと病に苦しむ兵士達の残酷な末路。
手前の裸の男達の身体には蛆虫やハエがいっぱいたかっている。既に骸骨と化しているものも。中央に座っている裸で長髪の男は牧野本人だろう。
左下隅の男がかじっているのは人肉ではなかろうか。
左上からは妖怪らが火を吹いてやってくる。

1978(昭和53)年には、牧野の前に千穂(1953- )が現れる。
彼女は牧野の最高のモデル、女神(ミューズ)となり、のち夫人にもなった。
その後に描かれた女性は殆ど彼女がモデルになっている。
本展で、千穂の名がタイトルに入れられた作品だけでも、《千穂の顔》《立てる千穂》《食卓に座る千穂》《窓から外見る千穂》(以上1980)、《浮浪者D君と千穂》(1981)、《奈良で童話作家Aさんと千穂》(1984)などなど。

牧野は1983年から2年間、二条城近くのマンションを借り、千穂と伴に京都に滞在する。住み慣れた東京とは異なる古都は新鮮で興味を惹き、あちこちでスケッチをした。
こうした愉快な作品も描いた。
《京都のバス》(1984)
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乗客の中には、牧野の顔も千穂の顔も見える。
その他は殆ど百鬼夜行と言うべきか。
左上の背景にあるのは、三日月のシルエットになった東寺の五重塔か。

・終章
《雑草と小鳥》(1986)
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愛媛県のギャラリーかわにしが所蔵している作品。
暗闇の中に立つ裸婦(モデルは言う迄もなく千穂)の白い肌の輝き。後ろ手に持つリンゴの赤は、彼女の心臓の鼓動や性の根源を象徴しているのかもしれない。

《未完成の塔》(絶筆)
本展はラストのこれのみ撮影可だった。
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1975(昭和50)年秋から描き始めた五層の塔。
初層は完成しているが、二層にとりかかつた1986(昭和61)年、10年毎に一層ずつ進めていくというのが初期構想だったが、がんが発見され、3ヶ月後の10月、61歳で忽ち急逝してしまう。
右下部分クローズアップ。
屋根の上に邪保がいる。
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左下部分クローズアップ。
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ボスの《快楽の園》(1490-1500)やブリューゲルの《子供の遊戯》(1560頃)《魔女フリート》(1562)などと滑稽味やグロテスクにおいて似通う部分がある。
塔の二層部分と尖塔部クローズアップ。
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尖塔部分が絵具を盛られてキャンヴァスから出っ張っている。
牧野は一体何を考えていたのだろうか。


〈参考資料〉
図録『生誕100年 昭和を生きた画家 牧野邦夫〜その魂の召喚』
 執筆 山下裕二(兼監修),森谷美保(兼編集),牧野千穂(インタビュー)
 発行 2025.10、(株)アートワン
 
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