伊東市からやってきた客人。
開口一番、

「申し訳ない」と頭を下げた。
どうやら地元では、外地に対してかなり肩身の狭い思いをしているらしい。

「いやいや、とても楽しいですよ。1年に1人以上はどこかに楽しい人が現われますよね」と、肩を叩いて激励。
万博にそんな人たちを集めて何かやればいいのに。
街おこしの一環で《19.2秒チャレンジ》の遊び方を教えてあげた。
スマホのストップウォッチを用意する。
1対1で戦う2回戦。
本でも新聞でも(卒業証書があればなお良し)何かしらの活字ものを用意して、議長役がSTARTコール。手元の新聞を読み始める。
市長役はストップウォッチをスタートさせる。
そして、19.2秒経ったと思ったら議長はSTOPと声を掛けて、市長はタイムを止める。
これを交代で戦う《19.2秒チャレンジ》。
今回の結果は、
伊東市の人・8秒7
川崎オスカー・17秒1
伊東市の人はどうやら気が短い。
議長でさえ《19秒2》という意外と長い時間のことを「チラ見せ」というのだから。
伊東市の人。

「伊豆急の助役を知っているので、伊東駅の発車ベルを19秒2にするように伝えてみます。街おこしになりますかね

」
《岡山6》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1990604990&owner_id=8666179
今回の大原美術館詣ででは2つの目的があった。
名誉館長だった高階秀爾氏が昨年10月に逝去されて、ようやくの追悼詣で
外出時、常にカバンに入れている名著『名画を見る眼』。川崎オスカーにとっての生涯の教科書。
大原美術館に掲示されていた館長時代の氏の活動を読むにつけ、美術館の魅力を相当数引き上げてくれた功績を知ることができた。
お会いすることはできなかったのが、美術バカである川オスの無念。合掌。
岡山県美術館で出会った松本竣介。
そして、最近付き合いの多い難波田龍起。
児島虎次郎蒐集の次を、或いは次の次を収蔵して、隙のないコレクションが作り上げられている。
『Reflection muison-so 』(北城幸子)
大原家の別荘だった無為村荘に、コンペで選ばれた若手アーティストを招いて1年間、居住費・制作費のすべてを面倒みて、優秀作家の発掘を目指している。
これも高階館長からのプロジェクト。
誤解を恐れずに書くと、ARKO(Artist in Residence Kurashiki, Ohara)に選ばれた作家さんの今をあまり知らない。
『Sunbather 10』(小林孝宣)
このような現代アート作品もおそらく高階館長のセレクション。
伝統と革新。守破離。大原の魅力はここにある。
新館は改装中につき屋外のみ鑑賞可能。
デュシャンのモナ・リザをここで発見したのはもう20年も前のこと。
大原孫三郎の命を受けてコレクションの基礎を作り上げた児島虎次郎。
彼の作品にフォーカスを当てた《大原美術館 児島虎次郎記念館》が今年の4月、オープンした。これが今回、訪館理由の2つ目。
受付のスタッフがとても優しく丁寧に案内していただいた。
いつもながらありがたい。
中国銀行の倉敷支店出張所の閉鎖に伴い、中国銀行が無償で大原財団に寄贈された建物。
かつてはアイビースクエアの目立たぬコーナーに設立されていた《大原美術館別館 児島虎次郎記念館》は、形を変えて永久的な展示館を持つことになった。
WIN=WIN。とても大きく美しい話である。しつこいようだが、香川県立体育館をぶっ壊す香川県知事に聞かせてあげたいストーリー。
大原孫三郎と出会うまでは、かよう平凡な作品を描いていたけれど、ベルギーのヘントへ留学してからは、カラフルで魅力的な洋画を描き上げている。
大原コレクションの蒐集を続けながら、作品制作。
そして帰国後に委ねられた明治天皇奉賛の壁画作りがトリガーとなり、わずか47歳、過労のために逝去する。
大原孫三郎に出会えなければ、という仮定は必要ない。
児島虎次郎、彼のお陰で日本国内でグレコが観られるのだから。
合掌。
(つづく)

50年前…父親の手書き“旅行パンフレット”に反響「全部手書きなのすげー」 今は描かない“可愛い”理由も明かす
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8463203
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